5連休を含む1週間、筆者はブログの投稿をお休みしていたが、その間の22日から23日の1泊、家族を連れて栃木県内の温泉旅館に旅行してきた。その温泉地には「湯けむり会館」という、大衆演劇の一座が巡業で公演する所謂「センター」がある。そこで、筆者は生まれて初めて旅役者劇団の芝居とショー(歌謡と舞踊)を見たのだが、なかなか面白かったので、今日はその感想を述べたい。
まず、その公演のプログラムだが、親子愛と人情を題材としたコテコテな演歌調のわずか二幕1時間ほどの芝居の後、休憩とその間の役者の物品販売を挟んで、また1時間ほどのショーという構成であった。現在の大衆演劇は、そのほとんどが、こうした二部構成となっている様である。
興味深かったのは、観客の大部分がすでに子育てと仕事から引退した「おばちゃん」「おばあちゃん」であったことだ。観客の大体7割位が、そうした高齢の女性達であった。彼女たちに同伴して来て参加したと思われる「おじちゃん」「おじいちゃん」たちが、その他の観客の28%程度だったろうか。我が家のような中年と若年齢層の参加者は、ほんの一握りを占めているに過ぎなかった。
その歌謡と舞踊ショーも、若い女形の役者も含めほとんど演歌ばかりで、高度成長時代の日本慕情を髣髴とさせるような、人情に訴えかけるコテコテの内容であった。年寄りの特に女性が、いかにも好みそうな構成を敢えて選択していると思われる。
ショーでは最前列に陣取った「おばちゃん」が何度も役者に「ハナ」、つまりご祝儀を渡していたが、こんな光景を筆者は生まれて初めて見たのである。聞くところによると、1万円が「ハナ」の相場だそうだ。これを渡すことで、役者とは単なるファンから「贔屓」の立場に関係が密接になるそうだ。
何とも前近代的な印象を筆者は抱いたので、東京に戻ってから少し大衆演劇の歴史について調べてみた。そうしたところ、大衆演劇の劇団一座が非常に面白い形態で運営されていることに気付いた。その点について、以下感想を述べてみたい。
まず、劇団員は、家族や血縁者の10人位で構成されている小劇団が多いそうだ。責任者である座長は世襲が多く、彼らと彼女らはほとんどの場合、母親の「腹の中」にいるころから役者として生きることが決まっており、一座とともに国内各地を転々と移動して生活しながら芸を磨き、やがて座長を世襲するそうである。
これは正しく、現代版ノマド(遊牧民)の生活と言ってもおかしくない。狭く濃い血縁者がほとんどを占める一座とともに、小中学生時代を転々と転校を繰り返しながら、中学を卒業すると役者一本で生活していくようだ。
大衆演劇評論家の橋本正樹さんの本などを読むと、劇団員の給料は月10万円も貰えないそうである。その代り、一座に対する食住は公演先の旅館などがほとんど提供してくれるそうだから、劇団員の最低限の生活は保障されているらしい。したがって、旅役者の毎月の給料は、あくまでも「小遣い」に相当する金額になるらしい。
贔屓が渡す「ハナ」は臨時収入で、欧米のチップに当たる存在だが、その集金額によって役者が独り立ちできるかどうかが決まる。まさに役者個人の人気と芸次第で生き残れるかどうかが決まる、水商売なのである。堅気の人間が、容易く入り込める世界ではないだろう。
それにしても、平成の現代に、一か所に定住せず各地を転々と移動して公演を年中続ける旅役者の生活が成立していることに、筆者は新鮮な驚きを感じた。川端康成の名作『伊豆の踊子』の世界観そのものが、現代にもしっかりと残存していたわけである。
芸事の世襲と言えば歌舞伎役者がすぐ思い浮かぶが、大衆演劇もその根源をたどれば出雲の阿国の流行らせた歌舞伎踊りに辿り着く。江戸幕府と明治政府に保護された歌舞伎が本流の「大芝居」「国劇」として芸術的に洗練、昇華されていったのに対して、元これ同根より生じたはずの大衆演劇の方は、書生芝居の流れをくむ「新派劇」や浪曲込みの「節劇」、そしてチャンバラの「剣劇」の要素が付加されて大衆化、商業化していったらしい。
問題は、彼ら旅役者の生存を現在支えている「おばちゃん」「おばあちゃん」が、これからの日本でも果たして絶滅しないで存在し続けるかどうかという点であろう。
一例を挙げれば、筆者の長女はインターネットやスマホに親しみ、ヴァイオリンを嗜む現代娘である。彼女が数十年後高齢化した時、果たして現在の大衆演劇が得意とする公演形態である人情劇や演歌を支持するような、昭和の高度成長期タイプの「おばちゃん」「おばあちゃん」に変身すると言えるのだろうか。
世襲やノマド生活という大衆演劇一座の運営形態自体、高度化した現代社会での生存に必ずしも適した形態であるとは言えないだろう。しかしながら、大衆演劇はAKBのように人気が全国化するわけでもなく、芸事の家元制度も確立されていないにもかかわらず、現状で歌舞伎の約3倍の役者人口を抱えている。今回の温泉旅行を通じて、筆者は大衆演劇の将来性にふと興味を抱いたのであった。
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