昨日のダイアモンド・オンライン(http://diamond.jp/articles/-/73759)に、Vorkersによる第4回連載として、「JTBとHIS、有給消化率2倍の差から見える実態」という記事があったので筆者も眺めてみた。ちなみにVorkersとは、就職や転職に関連する企業クチコミ情報を提供するウェブサイトだそうである。
言うまでもなくJTBは日本の旅行業界を代表する老舗であり、一方のHISは格安旅行で名を成した元ベンチャー企業である。したがって、JTBは高度経済成長期以来の終身雇用制度を維持しているのに対して、HISは社員の年齢に関係無く実力主義的で、若手の裁量権が比較的認められる社風の様であった。
記事によると、JTBはコンプライアンスと企業倫理が確立された正社員が安心して働くことができる環境である一方で、異動が多く業務も保守的でルーティン化されているものが多いため、専門性が身に付きにくく、個人のキャリア形成がしにくい環境であるそうだ。同社は、典型的な日本型大企業の社風と言えるだろう。
これに対してHISは、研修より直ぐ現場に配属してOJTで社員を育成するシステムを取っているそうで、数字による実績が重視され、若手社員の離職率も高めであるとのこと。この点で、柳井正さんが代表取締役会長兼社長として率いる「ユニクロ」の持株会社ファーストリテイリングにどことなく似た社風の様だ。
HISについては、社員と元社員のクチコミで、トップダウンによる見切り発車で現場軽視の業務命令に不満が述べられている点でも、柳井氏のカリスマ性が社風に占める割合が大きいと思われるファーストリテイリングのケースに類似していると思われる。
だが、筆者が興味を持ったのは、こうした両社の社員・元社員のクチコミ情報ではなく、両者のワークライフ・バランスに関する具体的なデータの方である。
例えば「月間平均残業時間」については、JTBが52時間、HISが58時間であるそうだ。これは同じVorkersの調査したデータによると、JTBの残業時間はIT・通信業界の残業時間とほぼ同等であり、HISのそれは情報サービス、リサーチ業や金融業の残業時間とほぼ同等である。
ちなみに労災の過労死認定基準となる月間平均残業時間は80時間であり、これを超える残業時間を記録しているのはコンサルティング業、シンクタンク位であるそうだ。ただ、自分もそうであるが、調査研究業務については資料や設備の整った職場に残ってした方が自宅でするよりも集中できて効率的な場合が多々あるので、コンサルタントやシンクタンクで働く研究者は、長時間の残業を自主的に行っている可能性も大きい。
いずれにせよ、「月間平均残業時間」の点で見れば、JTBもHISも他のサービス業よりも残業時間が多いとは必ずしも言えない様だ。ただし、旅行業界の持つ特性から、部署にもよるだろうがゴールデンウィークや夏のハイシーズンには激務を強いられるだろうし、エクスペディアに代表されるオンライン旅行会社と比べてシステムが未だ合理化されておらず、労働集約的で社員個人の犠牲に業務遂行が依存している部分が多く残されている点は、今後改善すべきだろう。
次に「有給休暇消化率」で見ると、JTBが56.4%であるのに対して、HISは28.1%とかなり低い消化率である。HISさんは、社員の皆さんのワークライフ・バランス改善の観点から、有給休暇消化率を高めていく必要があるだろう。そうした企業努力が、女性の活躍と日本の少子化対策に直結するからだ。
筆者のような研究者は、先述したとおり自主的残業が多いのであるが、政府が今国会に提出している労働基準法等の改正案では、いわゆるホワイトカラー・エグゼンプションの来年4月からの導入が、アベノミクスの成長戦略の一環として盛り込まれている。
この改正案が今国会で成立すれば、年収1075万円以上の高度な専門職を対象に、週40時間の労働時間規制が外され、会社は一切の残業手当や深夜・休日労働に対する割増賃金の支払い義務が免除されることになる。
制度導入派である財界の意図は、広範囲の裁量権を持つホワイトカラーに対して生産性を向上させ、成果による評価と処遇を行うことにある。しかし、日本企業では個人の職務の詳細なジョブ・ディスクリプション(職務内容記述書)が定められていないため、成果が適切に評価できないし、チームワークでの業務遂行上、個々の役割分担も曖昧なので成果主義が必ずしも馴染まない問題がある。
その上、残業過多の社内環境が恒常化している場合には、容易に長時間労働とサービス残業が常態化する恐れもある。この危険性こそ、導入反対派が同改正法案を「残業代ゼロ法案」と揶揄する所以である。
もっとも現状においても、管理職はいくら残業しても残業代は付かないのだから何も変わらないとも言えるし、そもそも筆者のような研究職は、好きで夜遅くまで職場に残って自主的に仕事をしているわけだから、制度導入趣旨の対象外であるとも言える。それでも、ホワイトカラー・エグゼンプション制度の選択はあくまでも労働者個人の自主性に委ねられるべきであるし、過労死しない程度に労働時間の上限は設けた方が良いのではないだろうか。
JTBとHISの話題から随分と脱線したが、海外旅行にかなりよく行く筆者の感想では、両社のサイトはエクスペディアと比較すると、オンライン予約の使い勝手が未だ十分に満足する水準に達していない。海外旅行オンライン予約のヘビーユーザーとしては、検索一発で空室があるホテルと空席が残っている格安航空券のセットが、バババンと表示できるサイトを作ることを、JTBとHISには共に目指してほしい。
それと、飛行機の座席指定とホテルの朝食セットも検索時点で直ぐ出来るようになれば、海外旅行のオンライン予約サイトとしては、JTBもHISもまずまずの使い勝手の良さになると筆者は思う。ちなみにエクスペディアについては、一旦予約が成立するとキャンセル不可が多いのが、同社のシステムの最大の欠点であると筆者は考える。それだからこそ、エクスペディアが格安なのかもしれないのであるが。