2016年4月1日金曜日

乙武洋匡氏の人格傾向と、メディアによる虚像増幅に伴う社会心理についての感想

 先天性四肢切断という重度の障害を持って生まれてきた乙武洋匡氏は、早稲田大学政治経済学部卒であり、筆者の学部後輩に当たる。周知のとおり、彼は大学在学中の1998年に著した『五体不満足』で「障害は不便だが、不幸ではない」という屈託のない新鮮なメッセージを発することにより、ベストセラー作家となり、一躍時の人となった。

乙武氏は大学卒業後スポーツライターを経た後に杉並区小学校の教諭や都の教育委員を歴任し、一種の教育専門家としてメディアで取り上げられ、2016年夏の参院選に自民党公認で出馬する予定であると言われていた。

 その爽やかで誠実なイメージの乙武氏が、妻以外の複数の女性と不倫(買春?)をしていたという事で、324日夫婦同時に公式サイト上で世間に謝罪し、30日には参院選出馬を取りやめることが報じられた。今日はそのことに関して少しばかり、社会心理学的に筆者の勝手な感想を述べてみたい。

 まず、注目されるのは、彼が教育委員在任中に不倫を隠すダミー役の男性を伴って、何度も愛人女性同伴で海外「視察」に出かけていたことだ。そのダミー役の男性の1人は、45日リーガロイヤル東京ホテルで参院選出馬の決起集会とするはずだった乙武氏40歳誕生パーティーの発起人の1人で乙武氏の友人でもある、社会学者(大学院生)の古市憲寿氏とのことだった。

 実はこの古市氏は、325日のツイッターで「庇う気はないが、(乙武氏のケースは)普通『不倫』と聞いて想像する光景とは、かなり違っていた気もする」と友人を擁護する見解を述べていた。だが、もし彼自身が乙武氏の海外不倫「視察」旅行に同行していたとすれば、多分自己弁護の意味で述べたものだろう。

 問題は、乙武氏の「視察」に都教育委員会から公費が支出されたかどうかという点であり、もしそうであるなら公金の重大な流用問題になりかねない。古市氏ら同行したダミー男性達も、同伴女性と共に厳しく責任を追及される必要があるだろう。したがって、彼の乙武擁護論は全く取るに足らない無責任な発言に過ぎない。

 今回の問題に関して、的確な分析だと筆者が思ったのは、在米ジャーナリストの岩田太郎氏がJapan In-depthに投稿した「乙武氏「自己肯定感物語」破綻と障碍者の性」という記事の内容である。この記事の中で、岩田氏は今回の乙武「五股不倫」問題を、「全聾の天才作曲家」佐村河内守氏や「高学歴ハーフタレント」ショーンK氏のケースに類似した、マスメディアが増幅した虚偽の個人イメージ(虚像)崩壊のより深刻なケースであると位置づけている。

 なぜなら、乙武氏が常日頃述べてきた「明確な自己肯定感を持てた」「人生、だいじょうぶ」という世間に感動を与える「壮大な救済物語」が恐らくほとんど虚偽の作り話であり、乙武氏自身が多分自己肯定感を欠如させたまま(成熟した大人に成り切れず)、メディアの増幅した虚偽のイメージに自己をうまく適応させて生きてきた欠落感から、今回の様な不倫騒動を起こしてしまったのだろう、と岩田氏は概略分析している。

 その意味では、本当は高卒の学歴しか持たないショーンK氏がハーバードMBAの経歴を詐称したケースや、作曲の出来ない佐村河内氏がゴーストライターを使って天才作曲家を騙っていたケースと、彼らの行動の動機が自己肯定感の欠落にあると考えられる点で確かに共通していると筆者も考える。

 だが、偽善者は彼らだけではない。より本質的には、その虚像を商売や選挙に利用しようとしたメディアや政党も偽善的だし、我々一般市民の多くも障害者に対する「差別主義者」で無いという偽りのアリバイ作りに利用してきたという点では、同様に偽善的なのである。ネット上やメディアでの乙武氏やその妻に対する激しいバッシングの嵐は、そうした日本社会全体の偽善的態度を裏返しにした反動現象であると考える。

 心理学的に見れば、乙武氏やショーンK氏は、青年期に多く見られる自己愛的人格傾向を維持したまま、大人になってしまったのではないかと筆者は感じる。自己愛的人格傾向とは、自信に満ちてエネルギッシュかつ自己本位的で他者への共感が欠如した態度が目立つ一方で、他者の評価によって自己評価や肯定感が容易に揺れ動く矛盾した人格特性なのである。いわば、自信と不安が入り混じった不安定なアイデンティティを持った、成熟していない人格を意味している。乙武君もショーンKも、どちらからもそういう人格特性の臭いがするのである。

 ただし、自己愛傾向は、必ずしも病的に他者を傷つける程の「自己愛性パーソナリティ障害」(Narcissistic Personality Disorder: NPD)にまで常に至るとは限らない。その意味において、普通の健常者にも多かれ少なかれ見られる、傲慢で自己顕示的な人格特性の程度問題なのである。

ただ、今回の「五股不倫」問題を通じて見える乙武君の家族に対する配慮の無さから感じるのは、彼の持って生まれてきた障害に恐らく起因する低い自己評価と、一見それとは矛盾するような尊大な自己認識と自己顕示欲が、彼の心の中でアンビバレントに共存しているのではないかという疑いが、完全に否定しきれない点であろう。

 筆者は以前から、先天性四肢切断という大きなハンディを抱える乙武君が、どうやって都立高校上位校である戸山高校や一浪したとは言え早稲田大学政治経済学部卒業の学歴を得ることが出来たのか、とても不思議に感じていた。あからさまに言えば、彼のハンディから考えて、通常の手段では高校と大学の厳しい入試を突破することは極めて困難であっただろうと感じていたからである。

 これはあくまでも筆者の憶測であるが、彼が無事高校と大学の学歴を獲得できた背景には、何らかの大人側の配慮が介在していたのではないか。乙武君は、ある種の推薦合格を貰ったと言い換えてもいいだろう。もしそういうプロセスが、彼の人生で実際に起きていたとするならば、乙武君が今に至るまで自己肯定感を獲得できず、アンビバレントな自己認識や顕示欲を肥大化させていったことも十分想定できるだろう。

 そして、大学在学中にベストセラー作家として社会的に成功を収めた結果、彼の虚像がメディアを通じて増幅され、社会がそれを好んで消費してきたのが問題の実態であろう。そういう意味では、乙武君も最近の日本社会で顕著になった浅薄な虚像の商品化傾向に踊らされた、ショーンKと同様の哀れなドン・キホーテの1人であったのかもしれない。

この点において、今回の乙武君「五股不倫」と彼の虚像崩壊の背後には、単に彼の人格傾向に問題を矮小化して非難を集中すべきではないような、社会心理学的な本質を含んでいるのではないかと筆者は感じたのである。

2016年3月30日水曜日

ドナルド・トランプ氏の日米同盟論(「暴論」)に関する感想

 アメリカ大統領選での共和党候補者選出のための予備選を現在有利に戦っているドナルド・トランプ候補が、日本の核武装を容認し、対北朝鮮外交でより攻撃的になってほしいと、329日に中西部ウィスコンシン州でのCNN主催の対話集会で述べたと報じられている。

 同時に、トランプ氏は、在日米軍の駐留経費負担(俗に言う「思いやり予算」を含む)を日本が大幅に増額しなければ、日米安全保障条約を見直して米軍を撤退させるべきという持論を改めて強調したとされる。

 トランプ氏の「暴言」とされるものは数多いが、そのうち、内政ではなく外交政策に関するものを列挙して見ると、同盟国に対する駐留米軍に関する経費増額要求の他にも、例えば、TPPをぶち壊す、シリアをロシアのプーチン大統領に任せる、メキシコ国境にメキシコ政府の負担で壁を構築して不法移民の入国を妨げる、不法移民たちの強制送還、イスラーム教徒(ムスリム)の入国禁止、IS支配地域に対する戦術核兵器使用の可能性を示唆、そしてテロ容疑者に対する水責めなどの尋問(拷問)手段を採用することの提唱といったところだろうか。

 筆者も米国内の(民主党、共和党を問わず)現実主義者たちが評価しているように、トランプ氏のこうした「暴言」は、外交政策としても安全保障政策としても極めて稚拙でナイーブ、かつ、実現性に乏しい支離滅裂なものであると非常に感じる。特にトランプ氏が核戦略と抑止論に全く精通していないことは、日本が北朝鮮に対抗するために核武装することを容認している一方で、対IS作戦における戦術核兵器の使用をほのめかしていることからも明らかだろう。

こうした彼の一連の発言から考えると、果たして非対称勢力であるISに対する核兵器の使用が軍事的に効果を持つかどうか、IS支配下に置かれたシリアとイラクの一般住民に与える付随的損害の大きさについても、トランプ氏がまともに考えた上で発言しているとは誰でも到底思えないだろう。

彼は恐らく、我が国の非核三原則やNPT加盟の事実すら正確に認識していない可能性が大きい。それをわかっていた上で暴言を述べているとすれば、彼は本当のデマゴーグ(大衆扇動家)だろう。アメリカ社会の深刻な分断状況と政治不信、中間層以下の国民の既得権益(エスタブリッシュメント)への不平・不満の増大が、ある意味アドルフ・ヒトラー級の大衆扇動家への米国内での支持率を高めているとすれば、太平洋を挟んだ東アジアの親米同盟国である我が国も、事態の危うさを今から真剣に考察しておく必要があるだろう。

筆者の見立てでは、トランプ氏が予備選をこのまま勝ち抜いて共和党の大統領候補者に選出され、民主党大統領候補に選出されると思われるヒラリー・クリントンを打ち負かして実際に来年1月にアメリカ大統領に就任する可能性が、約30から40%くらいはあるように思えるからだ。ヒラリーさんは既得権益の代表選手のように国民の目から見える上に、国務長官時代の私用メール・アドレス使用問題など、数々のスキャンダルを抱えているからである。

一言で言えば、トランプが「傲慢な馬鹿」といったイメージを米国民から持たれているとすれば、対するヒラリーは「信頼できない嘘つき」といった、これまた負のイメージを持たれているのではないだろうか。選挙資金調達の面では、既得権益との癒着が無く、クリーンなイメージのトランプの方が大統領選に勝ってしまう可能性も、我々日本人は十分に想定しておかなければならないだろう。

これに対して、ヒラリーが自分の国務長官時代に推進したTPPに反対する姿勢を唐突に表明したのは、関税の撤廃や低減に反対する労働組合AFL-CIO(アメリカ労働総同盟・産業別組合会議)からの支持を獲得するために選挙戦略的に擦り寄ったからだろう。AFL-CIOは、TPPに賛成する候補者への政治資金の供給を停止する恐れがあるためだ。

 トランプ氏の外交政策を評価すれば、伝統的な孤立主義の思想に連なるものと言えるだろう。だが、アメリカが建国後間もなくの大国になる以前の19世紀ならばいざ知らず、冷戦終結後唯一の超大国として存続している21世紀の現代に、南北両アメリカ大陸とカリブ海の覇権の維持だけにアメリカが閉じこもってしまった場合の国際安全保障上の悪影響は極めて大きい。

特に激烈な紛争の持続している中東ではアメリカ新孤立主義化の悪影響が顕著で、ロシアやイラン、ISの様な国家と非国家主体が混在した多様な現状変更勢力がアメリカの現状維持への不介入姿勢に付け込んで、さらに勢力を拡大しようと試みるだろう。その結果、イランやサウジアラビア、トルコ、エジプトなど域内大国での核拡散が促進される危険性が強まりかねない。OPECのカルテルはイランとサウジアラビアの対立から生産調整が不可能になり、大輸出国であるロシアも巻き込んで原油価格の低迷が続き、各国の財政状況をさらに悪化させることにもなる。

 欧州では中東での紛争継続の結果、難民と移民の流入が今年も加速するだろう。シェンゲン協定が2016年中にも事実上機能しなくなって、欧州の経済再建に大きな妨げとなる可能性がある。キャメロン首相が是非を問う国民投票を年内に行うとした、英国のEU離脱「ブレグジット(Brexit)」は否決される公算が強いものの、EUの難民・移民政策を主導するドイツのメルケル首相は受け入れ反対派の政治勢力の台頭によって、その地位を失うかもしれない。そうなれば、自由な移動と人権尊重のEUの根本理念が崩壊しかねない。

 また日本は、アメリカの新孤立主義化によって、約70年ぶりにアメリカの軍事力に依存しない単独の安全保障政策を立案しなければならない羽目に陥るだろう。そうなれば、まさしく戦後最大のパラダイム・チェンジを我が国は2017年に迎えることになるはずだ。