昨日の投稿で筆者は、イランとの核協議に臨んだ欧米が、本音では現時点でISの脅威への対処を最優先としており、イランを対IS戦闘に取り込むために今回のイランとの核協議で最終合意に至ったと指摘した。
他方、地域における対米同盟のジュニア・パートナーであるサウジアラビアとイスラエル両国の対イラン脅威認識は、イランのウラン濃縮活動を今後10から15年間制限することでその核武装を阻止することが出来るとするオバマ政権の(甘い)認識とは大きなギャップがある。
両国は、イランが今回の合意により事実上核の「敷居」(threshold)を跨ぐことを認められた結果、今後経済力を回復して域内のシーア派武装勢力に対する影響力と保護力を増して潜在的な地域覇権国に近づくことを恐れている。このオバマ政権との脅威認識ギャップが、最近の両国の対米不信の外交姿勢に現れている。
例えば、最近のサウジアラビアの軍事と外交に関する興味深い事実を、いくつか確認してみると、まず第1に、SIPRI (ストックホルム国際平和研究所) が発表した主要国の軍事費動向のデータによると、2014年のサウジアラビアの軍事費は同年の米ドルに換算して約808億ドルで、アメリカ、中国、ロシアに次いで世界第4位の規模であった。これを国民1人当たりに換算すると、アメリカを抜いて世界第1位の支出額となる。
第2に、サウジアラビアが主導するアラブ連合軍が、2015年3月26日から、ハーディー暫定大統領をサウジアラビアに事実上亡命させた、イエメンの反体制武装勢力フーシー派の拠点に対する空爆を開始したことである。
こうしたサウジ独自の軍事外交が出現した事実は、イランの核開発プログラム継続を認めたオバマ政権に対する、サウジアラビアの不信感が示されたものに他ならない。特にサウジが主導する対イエメン空爆作戦は、ロウハニ政権誕生後のアメリカの対イラン宥和外交に反発して、サウジアラビアが自らの独自判断でイランに対する均衡を回復しようとして始まった軍事行動である。
イエメン情勢の最終的な安定化に向けた具体的方策をサウジアラビアが現時点で持っているかどうかは疑問であるが、3月にフーシー派とサーレハ前大統領派の武装勢力に追われてサウジの首都リヤドに亡命中のハーディー暫定大統領派の武装勢力が7月14日、サウジ主導の連合軍の武器供給を受けて港湾都市アデンをフーシー派から奪還したことで暫定政府がアデンに復帰する見込みが立った。重要都市アデンを奪還したことは、サウジにとってはイランの傀儡シーア派勢力に対する意味ある勝利と言えるだろう。
核協議を巡る事実上の欧米に対する勝利に沸くイラン国内強硬派とイスラーム革命防衛隊が、現在の勢いに乗じてイエメンのフーシー派支援を強化しサウジに対抗しようとすると、両国が前面に立ってペルシャ湾岸におけるスンナ派とシーア派の宗派間抗争が激化する危険が高まるかもしれない。
アメリカとサウジの事実上の同盟関係は、第二次世界大戦当時のフランクリン・ルーズベルト大統領が、1945年2月のヤルタ会談の帰途、サウジのアブドゥルアズィーズ・イブン・サウード初代国王と米軍艦上で会談してサウジの安全保障に対するコミットメントを与えて以来、70年間にわたって揺るぎないものだったが、その緊密な両国関係が最近のサウジのオバマ政権への鋭い反発で、非常にぎくしゃくしている。
地域におけるイランとサウジの宗派間(覇権)抗争がこれ以上激化すると、サウジがアメリカを無視して今後益々独自の軍事行動を採るようになるかもしれない。その究極形態が、サウジも核開発に走るということだろう。こうした事態は、中東での核のドミノ現象を引き起こす恐れがあり、イランとの最終合意でオバマ政権が期待したNPT体制の維持という目論見とは正反対の不安定な安全保障環境を中東にもたらす。
もしそうなれば、イスラエルはどうするか次に分析してみよう。恐らく、ネタニヤフ首相はそれまでのオバマ政権に対する強硬姿勢とは裏腹に、米議会内の共和党強硬派と組んでイランとの最終合意を葬り去ろうとしてオバマ政権と明白に対立することを避けようとするはずである。イスラエルは、当面イランとアメリカ国内における情報収集活動を強化しようとするだろう。
軍事的に考えるとイスラエルは、今後ミサイル防衛体制と空軍、海軍力をさらに強化してヒズブッラーとそれを背後で支援しているイスラーム革命防衛隊の奇襲攻撃に備えるはずである。そして、もし将来イランが最終合意の履行を破棄して明白に核兵器の開発を始めた場合には、イスラエルの核による先制攻撃を封じてきた従来の曖昧政策を破棄して、自国の核武装を明示することにより、イランとの核抑止体制を構築しようとするかもしれない。
つまり、イラン核協議の最終合意によってP5+1が期待するNPT体制維持の目論見も、イランと鋭く対立するサウジとイスラエルの今後の政策の展開次第では、却って地域に核拡散を引き起こす可能性が否定しきれないと筆者は分析している。