首都パリを隣国ベルギーに拠点を置いたISメンバーの同時多発テロ攻撃にさらされて死者130人の被害を出したフランスのオランド大統領は、11月16日にヴェルサイユ宮殿で行われた元老院と国民議会の上下両院合同会議の席で、フランスが軍隊によって攻撃され、「戦争状態にある」と演説した。これはまさに、ISとの対テロ戦争を開始するという、オランド大統領の宣戦布告に他ならない。
これに対してアメリカのオバマ大統領は、依然としてISを殺人者(テロリスト)のネットワークに過ぎないとして、言わばアルカーイダの組織的な延長線上にISを位置付ける演説を同じ16日に行っている。オバマ大統領の意図を筆者が推測すると、恐らく彼はブッシュ前政権時代の様な対テロ戦争にアメリカが巻き込まれることを懸念して、敢えて有志連合の対IS戦闘を国家間の通常戦争の様な形態に拡大しないように慎重に言葉を選択して演説したのであろう。
オバマ政権による対IS作戦の要諦は、いわゆるテロの「封じ込め」にある。そのため米軍の空爆の対象となる標的は、今のところ、厳密な軍事的目標、例えばISの持つ軍用車両や重火器、軍事施設や軍隊そのもの(counterforce)に限定されてきたと言われている。その限定された作戦目標は、民間人に対するコラテラル・ダメージ(巻き添え損害)を最小限に抑えるとするアメリカの目的を併せ持っている。
また、対IS封じ込めのためにアメリカの主要な外交政策は、シリアと長い国境線を接するトルコを通じて外国からISに参加しようとする戦闘員等が流入しないように、トルコのエルドアン政権に強い圧力をかけて、シリアとの国境線を完全に封鎖させることになる。
これに対して、フランスは明らかにロシアと連携して、ISを国家類似の存在に位置づけて通常戦力を大規模に動員した対テロ戦争を遂行し、ISを「殲滅」する戦略に舵を切ったものと言えるだろう。例えばフランスは、原子力空母シャルル・ドゴールを母港トゥーロン軍港から地中海に派遣し、シリア周辺に展開しているロシア軍と協力して対IS空爆の強度をこれまでの数倍規模に拡大させる方針を示している。
ロシア軍参謀本部は11月18日、IS支配下にある原油生産施設や、そこから外国へ密輸目的で原油運搬途中のタンクローリー約500台を空爆と巡航ミサイルで攻撃したと発表した。こうした空爆には、ロシア空軍の重爆撃機も参加している模様である。ISが首都と言っているシリアの都市ラッカも、ロシア軍の攻撃にさらされている。
こうしたロシア軍が攻撃している標的にはIS戦闘員の他に民間人も多く含まれているため、彼らは通常戦争の遂行と同様に民間人のコラテラル・ダメージを配慮せず、純粋に軍事的勝利を目指して対価値(coutervalue)打撃を実施していると言えるだろう。その戦略の要諦は、明らかにIS「殲滅」なのである。今回、フランスもロシアと同様の対価値打撃を伴うIS「殲滅」に舵を切ったと言えるから、アメリカが主導する有志連合のIS「封じ込め」戦略との間に鋭い亀裂が生じる恐れがある。これはロシアのプーチン大統領の、まさしく望むところに違いないと筆者は考える。
ISは確かにシリアとイラク両国にまたがって一定の領土と人民を支配しているから、対価値打撃が作戦上可能な「疑似国家」と見なすことも出来るだろう。だが、彼らの「カリフ国家」のイデオロギーでは、イスラーム共同体「ウンマ・イスラミーヤ」の概念はあっても国境線の概念は本質的に存在しない。
ISの発想では、極めて空想論的だが、最終的には世界中に自らが再興したとする「カリフ国」の領域を拡大して、全世界を「カリフ国」の各州として統一することを望んでいるはずである。それまでの間、彼らは現在の実効支配地に欧米諸国の「十字軍」を引き付けて、ジハードを遂行してこれを叩こうというのが彼らの戦略なのである。
したがって、彼らISは士気が高く殉教精神に富んだ自爆攻撃を厭わないジハード戦士の地上部隊が支配地に広く拡散して、有志連合やロシア軍の空爆等の攻撃を受けて一旦形勢が不利になると直ぐに前線から撤退するし、また新たな場所に侵攻して支配地を拡大していこうとするアメーバのような戦略を採用してきた。
また、組織として見たISは、真の国家として人民に完全な行政サービスを提供する能力は恐らく持ち合わせていないだろうが、世界各国籍を有する多くの戦闘員からなる実質的な暴力装置を持ち、SNSを駆使した宣伝工作に長けた広報部門と、一定の技術者集団を保有していることは間違いないと筆者は考える。
したがって、彼らに対する「殲滅」戦略の対価値打撃の標的は、ISの組織的な生存を脅かすための指導者の殺害と経済的あるいは財政的なアセット、支援組織との連絡網を遮断する作戦に今後益々重点が置かれて行くのではないだろうか。
例えば、アメリカの次期大統領の最有力候補の1人と見なされているヒラリー・クリントン前国務長官は、11月19日にニューヨーク市内で行われたIS対処に関する演説において、作戦目標は「封じ込め」ではなく「壊滅」であると強調して空爆強化や現地に派遣する特殊部隊の増強、シリア北部での飛行禁止区域設定など、オバマ大統領とは全く異なるニュアンスのIS「殲滅」戦略を提唱したのである。
こうなると、今後予想される対IS戦闘の実態は、ロシアとフランスだけではなくアメリカも加わって、民間人のコラテラル・ダメージを余り厭わない対価値打撃に重点を置いた米露仏3つの大国が競争的に展開していくような、強化された対テロ通常戦争へとエスカレートしていく危険性が高くなったと言えるのではないだろうか。