2015年11月27日金曜日

撃墜されたロシア軍機搭乗員を射殺した、トルクメン人反体制武装勢力の戦闘員資格から見た追加的考察

 昨日の投稿で、筆者は今回のロシア空軍機撃墜をめぐるトルコとロシアの対立が、安全保障のジレンマに起因したトルコの対露脅威認識(恐怖)のエスカレートに基づく先制攻撃の意味合いがあるのではないかという点を指摘した。

 実は、今回の事件をさらに複雑にしている国際人道法上のもう1つの難しい論点がある。それは、シリア領内のトルクメン人反体制武装勢力によって、撃墜後パラシュートで脱出した2人のSu-24M(複座戦闘爆撃機)搭乗員のうち1人が降下中に射殺されてしまったことである。さらに、この搭乗員救出に向かったロシア軍捜索ヘリコプター2機のうち1機が迫撃砲による攻撃を受けて破壊・不時着したため、海兵隊員1人が死亡したとの情報もある。

 難しい論点とは、このロシア軍機搭乗員を殺害したトルクメン人武装勢力メンバーが国際人道法上の合法的戦闘員(Lawful Combatants)と言えるかどうかという問題なのである。

なぜなら、彼らが法的に戦闘行為への参加資格を持つ合法的戦闘員でないと見なされる場合には、取りも直さず不法戦闘員(Unlawful Combatants)ということになり、今回のロシア軍機搭乗員(や海兵隊員)殺害行為が単なる犯罪行為になってしまうからである。

 さらに問題を複雑にしているのは、今回の撃墜事件の引き金になったと思われるロシア軍のトルクメン人武装勢力に対する空爆作戦が、シリア政府軍地上部隊のトルクメン人に対する攻撃を支援する目的で行われていたと考えられることである。

 なぜなら、戦闘における敵対行為においては、攻撃によって得られる軍事的利益に対し、攻撃によってもたらされる人的、物的損害が過度にならないよう努めなければならないという、均衡性の原則が働くからである(井上忠男『戦争のルール』、宝島社、2004年、45頁)。

したがって、いわゆる民間人の巻き添え(付随的)損害(collateral damage)の発生をほとんど防ごうとしないシリア政府軍や、それに協力しているロシア軍のような紛争当事者による攻撃は、均衡性を失した違法な攻撃と見なされてしまうのである(井上、同上)。

 まず、前者のトルクメン人武装勢力の戦闘員資格について考察してみよう。前提として、シリアの現状の様な賛否両論はあるが一応正統政府であるアサド政権と、その支配に抵抗する国内武装勢力との武力紛争である「内戦」は原則として国内問題とされ、一般的には国際紛争とは見なされず、武装勢力が合法的戦闘員と認知されるためには、ハーグ陸戦規則の定めた戦闘員資格を満たすよう指揮官の下で組織的行動をしていることや戦闘服を着用して公然と武器を携行していること、そして何よりも戦争に関する法規と慣習を遵守して合法的に戦闘することが必要なのである(井上、同上、43122-3頁)。

 例えば、かつてのベトコンの様なゲリラは正規の戦闘員ではないが、抵抗運動に関与する不正規兵として民兵(パルチザン)と同様に、一定の条件(例えば軍事目標だけを攻撃し、テロリストのような無差別攻撃をしないこと等)を満たせば、ロシア軍やシリア政府軍の将兵の様な正規兵と同様の合法的戦闘員と見なされるわけである。

 ただし、内戦においては捕虜という概念自体が存在しないから、ゲリラは敵に捕らえられても捕虜とは扱われない(井上、同上、43頁)。これが内戦と国家間戦争との大きな相違点であるが、今回ロシア軍機搭乗員を殺害したトルクメン人武装勢力は、果たして合法的な不正規兵であるゲリラと言えるのか、これが問題であろう。

 先述したとおり、内戦における抵抗活動は国際人道法を順守して行われなければならないが、ゲリラと認められるためには政府軍兵士を人道的に扱い、拘束者を公正な裁判なしに処罰してはならない。

しかし、シリア内戦でも同様であるが、実際には政府軍側も反体制側も多くの違反をするのが通常である。特に反体制側の兵士が政府軍に囚われた場合は悲惨で、国家反逆罪で裁判にかけられて処罰されることが有ればむしろまともであり、大抵の場合には暴行や拷問が加えられて、裁判もなく処刑されてしまうのが通常であろう。

 その報復として、反体制側も政府軍兵士に対して違法な非人道的行動に出がちなのである。その極端なケースがISによる「捕虜」の惨殺である。今回、トルクメン人武装勢力が被撃墜機から脱出した後の無抵抗な遭難ロシア軍パイロットを狙撃して殺害したことは、ジュネーヴ条約第1追加議定書第42条に違反する非人道的な違法行為であるため、アサド政権やロシアが彼らを「不法戦闘員」や「テロリスト」と見なして攻撃しているのもあながち否定できない論理なのである。

 ところが、そのシリア政府軍やロシア軍の作戦自体も均衡性の原則から見て違法行為である疑いが非常に強い問題があるのだ。樽爆弾を反体制派が支配する市街地に無差別に投下するシリア空軍機の空爆や、ヒューマン・ライツ・ウォッチが述べたようにロシア空軍機がクラスター爆弾を投下したことが事実であれば、こちらも明らかに均衡性を欠いた違法な攻撃であると言えるだろう。

 つまり、筆者の見るところ、シリア内戦における紛争当事者はいずれも国際人道法に反する違法な攻撃の応酬を繰り返しているのが現状であり、それは人為的な誤爆の多い無人攻撃機を空爆に多用している米軍等の有志連合軍側にもある程度言えることなのである。

その意味で、シリア内戦への諸外国の介入がまさに報復の連鎖反応を引き起こし、双方の安全保障のジレンマによる紛争エスカレーションの危険が差し迫っていることこそ、今回のトルコ軍機によるロシア空軍Su-24M戦闘爆撃機撃墜事件から考察できる本質的問題であると、筆者は考えている。

2015年11月26日木曜日

トルコ空軍機によるロシア空軍機撃墜事件に関する考察―同床異夢の三者間における齟齬について

 1124日現地時間の午前920分頃、トルコ南部ハタイ県上空を領空侵犯したとされるロシア空軍のSu-24M戦闘爆撃機がトルコ空軍のF-16戦闘機に撃墜された。今日は、同事件に関する筆者の現時点での分析を述べてみたい。

 まず、双方の主張の食い違いについてであるが、撃墜したトルコ側は国籍不明機(ロシア軍機)の領空侵犯に対し、撃墜前に5分間で10回の退去警告を発進したと主張している。一般的に領空侵犯に対する対処措置としては警告前置主義が慣習国際法上成立しているため、トルコの主張通りであったとするならば今回の空対空ミサイルによる攻撃と撃墜は合法的措置であったことになる。

 だが、撃墜されたロシア側(救出されたパイロットを含む)の主張によると、ロシア軍機はトルコ領空を侵犯しておらず、一切無警告のままトルコ軍機の不意打ちによってシリア領内で撃墜されたということである。

 したがって、ロシア側の主張が正しいとすれば、トルコは違法な実力行使によってロシア軍機を一方的に撃墜したことになる。双方が自らの主張を裏付ける記録を提示したようだが、事実関係については恐らく真相は何も証明できず、双方の主張が食い違ったまま今後も推移していくことだろう。

 古代共和政ローマ時代の賢人であったマルクス・トゥッリウス・キケロは、次のような名言を残している。すなわち、「黙して隠された敵意は、公然と言われた敵意より恐れられる」、「事故の原因は、事故そのものよりも興味深い」、そして、「武器がものを言うとき、法律は沈黙する」ということである。

 また、国際法の父と言われるフーゴー・グロチウスはその名著『戦争と平和の法』の中で、次のようなキケロの言葉を引用している。それは、「ほとんどすべての危害は、恐怖にその淵源を有する。他人に危害を加えんと企てるものは、もし彼がこれを行わないならば、彼自身が害を蒙るべきことを恐れるからである」ということである(井上忠男『戦争のルール』、宝島社、2004年、38頁)。

 この最後のキケロの格言は、安全保障のジレンマに陥った国家が先制攻撃に至る心理を的確に表現したものだ。そして筆者の見るところ、今回のトルコ側のロシア軍機撃墜事件に至った心理は、恐らくこのような安全保障のジレンマによる先制攻撃の実施にあったと思われる。

 トルコ側の心理状態を解説すると、今年9月以降開始されたロシア軍のアサド政権支援のための空爆作戦遂行によって、エルドアン大統領が強く退陣を求めるバッシャール・アサドの体制が強化されることによって自国の安全保障が脅かされたとする脅威認識によるものだろう。

 しかも、ロシア軍のこれまでの空爆目標は、ISに対すると言うよりは、むしろアサド政権を支えるための自由シリア軍などイスラーム過激派以外の反体制派を抑えることに向けられたものだった。実はISとシリア政府軍が直接対峙している戦線は、現時点でそう多くはない。ISの勢力圏とアサド体制側の勢力圏は相当程度離れており、必ずしも双方が接触していないからである。

 事実、今回ロシア軍機がトルコ軍機に撃墜された場所は、トルコからシリアに突き出た地中海沿岸のハタイ(アンタキヤ、つまり古代セレウコス朝シリア時代に首都であったアンティオキア)地方とシリア領内でトルクメン人が居住する山岳地帯の国境エリアで、シリア側に約4km入った地点とされている。ちなみにこの撃墜場所は、ロシア軍の空軍基地がある港湾都市ラタキアからは約65km離れた地点とも言われている。

 つまり、今回撃墜されたロシア軍機は、ISではなく、シリア領内のトルクメン人反体制派武装勢力を空爆のターゲットにしていた蓋然性が高い。トルクメン人はトルコ系で、トルコとしては同一系統民族に対するロシアの攻撃を阻止したいし、これまでも同地帯でのロシア軍機の領空侵犯を含む行動に警告を発していた事実がある。

 また、ロシアのシリア内戦介入の意図を一言で表現すると、「親アサド・親クルド」の性質が色濃く、反ISの性質はむしろ二義的意味しか持っていない。プーチン大統領の意図はシリアの傀儡政権であるアサド体制を断固護持して、シリア内戦での主導権をアメリカから奪って国際社会における大国としてのロシアの地位を復活させることに有るのだろう。

同時に、ロシア軍が対IS空爆作戦で有志連合に協力するように見せかけて、ウクライナ問題やクリミア併合問題で対立する欧米諸国やトルコ、ペルシャ湾岸諸国を分断する意図もプーチンは併せ持っているに違いない。フランス同時多発テロ直後の対ISテロ戦争強化の情勢は、ロシアの欧米接近と有志連合分断工作を容易にする絶好の好機だからだ。

 これに対して有志連合の一員であるトルコの意図は「反アサド・反クルド」の追求であり、これはアメリカやフランスの意図である「反IS・反アサド」の優先順位とも微妙に食い違っている。トルコのエルドアン政権にとっては、国内におけるクルド人政治勢力がシリア内戦でのクルド人反体制派の活躍に刺激されて活動を活発化させることを抑えることが最優先の課題であって、その点でISによるトルコ国内でのテロ攻撃に付け込まれている側面がある。したがって、欧米諸国のように反IS作戦を徹底することが、かえって国内不安定要因となりかねない大きなリスクを抱えているのである。

 かつて旧ソ連は、NATO加盟国であるトルコを不安定化させるためにトルコからの分離独立を目指すクルド労働者党(PKK)を支援していた。また、16世紀から19世紀にかけて何度も露土戦争を戦った歴史を両国が持っているように、不凍港を求めて南下政策をとったロシア帝国はトルコにとって元来が不倶戴天の敵であったと言える。

 シリア内戦とクルド問題に対するロシアの態度が、トルコのエルドアン政権の脅威認識を刺激して今回のロシア軍機撃墜、その領空侵犯の真相は別にして、恐らくトルコ側の予防的先制攻撃を引き起こしたのではないかと筆者は推測している。

 その意味で、立場上トルコを擁護せざるを得ない米仏両国を含むNATO諸国とロシアとの間で、今後の対IS空爆作戦での連携を深めることは困難になったことは確実である。

 というより、先述した通り、欧米とトルコ、ロシアの三者間でシリア介入と対IS作戦に関する意図がそもそも食い違っていたことから、この三者が密接に協力することなど本質的に困難であって、かえって三つ巴の争いが今後水面下で展開するのではないかと筆者は考える。特に、当分の間、ロシアのトルコに対する反撃が十分想定されるのではないだろうか。