2015年5月29日金曜日

NHKおはよう日本5月29日、「分かってきた縄文人のDNA」「Y染色体が示す日本人の姿とは」の感想

 今朝のNHKニュース「おはよう日本」7時台の特集で、上記2つのテーマが取り上げられたが、その内容は大変興味深いものであった。

 前者については、国立遺伝学研究所の研究者による数千人のDNA解析の結果、東アジア民族の遺伝分布をDNAの特徴を基にして各人ごとに座標に落とすと、アジア大陸の人と日本人が、それぞれ違う範囲に分布がまとまるそうである。

 日本人の中では、特に沖縄とアイヌの人たちが大きな範囲を形成するとともに、縄文人の分布はアイヌ人のやや右上に位置すると予想されるとのことであった。

 従来、沖縄やアイヌの人たちは縄文人の古い形質を残していると考えられてきたと思うが、今回の研究結果では必ずしもそうとは言えないのかもしれない。とすると、日本列島先住の縄文人と大陸から稲作文化とともに渡来した弥生系の人たちの混血だろうと考えられてきた、我々日本本土の大和人(沖縄方言で「ヤマトンチュ」)は一体どういうDNAを受け継いできたのだろうか。

 それを考えさせてくれるのが、後者の特集で取り上げられた日本人男性のY染色体の解析結果である。Y染色体は父親から息子へ、男系だけに受け継がれる。徳島大学大学院の先生による調査結果では、世界の男性の染色体型20タイプのうち、日本人男性の半数はOタイプだが、それについでDというタイプが多いとのことである。

 このDタイプの染色体の地域分布が大変興味深く、日本以外ではチベットとアンダマン諸島に多いと見られるそうだ。つまり、チベットの山奥や日本とアンダマン諸島のような島国では、大陸との人的交流が限定されていたため、高い頻度でDタイプ染色体が残ったと思われると佐藤准教授が話していた。

 これはすなわち、我々のご先祖様である縄文人たちは、チベットやアンダマン諸島の人たちと同系統のDタイプの染色体を持っていたということだろうか。そうであるならば、縄文時代の日本先住民は、チベットあたりからアンダマン諸島などを経由して日本列島に渡来したということも想定できることになる。

 最近の研究では、日本列島での弥生時代早期は従来推定されてきた年代よりも大分早く、紀元前900年代頃には開始されていたとも言われている
(明石茂生「気候変動と文明の崩壊」
http://www.seijo.ac.jp/pdf/faeco/kenkyu/169/akashi.pdf、59頁参照)。人類が狩猟採集生活を続けるには温暖な気候が不可欠だから、気候が変動して寒冷化すると農耕が始まるとともに、民族の大移動や従来の文明の破壊など、大規模な社会変動が起きるようである。

 地球は約1万年前に完新世という安定的な気候温暖期に入ったものの、この温暖な完新世においても、概ね1500年±500年毎に発生する寒冷化現象によって度々中断されたそうである(同上、38-39頁)。

 そして、1200/1300 B.C.頃と750B.C.頃にも、地球気候の寒冷期のピークがあったそうだ。そうなると、弥生農耕文化が朝鮮半島を経由して日本に入ってきた時期は、この寒冷期のピークとほぼ合致すると考えられる。

 さらに東地中海に目を向けると、確かに紀元前1200年は「カタストロフ」(破局)と称されるほどの大変動期であった。この頃、ミケーネやヒッタイトといったそれまで隆盛を極めた古代王国が、いわゆる「海の民」などの民族移動による攻撃の結果滅亡したし、アナトリア半島やレバント(東地中海)、新王国時代のエジプト沿岸部の都市が「海の民」の侵入で略奪・破壊されている。

 旧約聖書に出てくる「ペリシテ人」は、現在のパレスティナという地名の語源となった民族だが、彼らも「海の民」を構成していた侵入者の子孫たちだったと考えられている。ペリシテ人は、シリアの先住民であるアラム人やパレスティナの先住民であるイスラエル人の都市文明を、地中海から侵入して攻撃したのである。この大変動で、地中海世界は青銅器時代後期から鉄器時代初期に移行したと言われている(同上、58頁)。まさに時代の節目をなしたのが、寒冷期の気候変動による結果であったらしい。

 そう考えると、日本列島での縄文の狩猟採集文化から弥生の農耕稲作文化への画期的な移行に関しても、紀元前900年から750年頃の寒冷期が、大きな影響を及ぼしたのかもしれない。同時にその頃、我々のご先祖様の縄文人たちと大陸渡来系弥生人たちとの混血が進んで、日本人(厳密に言うと大和人)の原型であるDNAタイプが形成されていったのかもしれない。

NHKおはよう日本5月28日、「不登校の子ども “つまずき”を補え」の感想

 昨日の朝のNHKニュースで、発達障害の不登校児への取り組みの一部が紹介されていた。紹介されていた子供たちは、うまく字が書けない「書字障害」などがあって確かに発達障害なのだが、絵画能力が優れているといった「能力が突き抜けて偏っている」ため、普通の学校生活になじめないタイプの子どもたちであった。

 同様のタイプで有名な人物は、トーマス・エジソンだろう。エジソンの場合、算数教師の教えた「1+1=2」に納得できず、「粘土の塊1個と1個を合わせれば1個のままだから、1+1=1だ」と主張して教師から「脳が腐っている」と言われたため、小学校をわずか3か月で中退して家庭で勉強したそうだ。

 古代ギリシャの数学者エウクレイデスの『原論』は初等幾何学の名著として有名だが、その第7巻から9巻は数論で、その冒頭で、1をただの単位として(自然)数と見なさず、数は2以降とする旨が定義されている。

これは古代ギリシャ特有の幾何学的発想による自然数論と言えるが、さしずめエジソンも、エウクレイデスと同様に1を自然数と見なしていなかったのかもしれない。そうだとすれば、エジソンの発想は非常に幾何学的だと言えるだろう。

凡庸な小学校の算数教師には、エジソンの古典的発想が恐らく自分の理解の範疇を越えていたため、序数や個数として教条主義的に自然数を教え込もうとしたのだろう。そういう頭の悪い算数の先生は、確かにいる。

 エジソンのケースは発達障害ではないかもしれないが、知りたがりの粘着質が教師から疎まれたのだろう。こういうケースでは、確かに親が無理に子供に対して登校刺激を加えず、家庭学習に専念するのも有効だろう。このような一種の天才型の子どもには学校教育に依存するより、生来の偏った興味分野を伸ばしてやれば、後日優れた業績を上げるかもしれないからだ。

 「おはよう日本」で取り上げられていた子供たちも、東大と日本財団が始めた教育プロジェクトに選ばれた15人の発達障害タイプの小中学生で、いわばエジソン同様の可能性を秘めた子どもたちである。こうした一芸突出タイプの不登校児童への対処は、むしろ容易であると言えるだろう。

 本当に多い不登校の契機は、文科省の調査では、「無気力」タイプ(中学生で約26%)と「不安など情緒的混乱」タイプ(中学生で約25%)である。学校でのいじめや嫌がらせによる不登校がよく話題になるが、実はこの2つのタイプだけで、子どもの不登校原因の半数以上を占めている。

 子どもが「無気力」で不登校に陥った場合には、親や担任教師が、むしろ積極的に子どもに登校刺激を繰り返し加える必要があるだろう。発達障害児の場合とは、まるで正反対の対応が必要と思われる。

 最も対応が困難なのが、「不安など情緒的混乱」タイプでの不登校だろう。これは優等生が何かに挫折して不登校に陥ったケースや、情緒の未成熟や甘えと依存など多様な原因に基づく不登校の場合であり、自己嫌悪から摂食障害や自傷行為に走る危険もある。

 実は知人の姪に、このタイプの高校不登校の女子がおり、その子は両親が学校の先生なのだが、地元ナンバー1の公立進学校に入学したにもかかわらず、もう1年以上も摂食障害で学校に通えない状態である。勉強で躓いたか、本人が内面に何らかの精神的葛藤を抱えていることは事実だろうが、その自我が十分に確立されて成熟した大人に成り切るまで、有効な手立てが見つからないようだ。

2015年5月28日木曜日

東大野球部94連敗の原因は、少子化による私大の推薦入試拡大にある。

 5月23日、東京六大学野球で94連敗を継続していた東大野球部が6対4のスコアで法政大学を破り、連敗をストップさせたことがNHKなどのニュースで報じられた。

 単なる1大学野球部の連敗ストップがニュースで大げさに報じられる日本も暢気なものだが、実は東大野球部が94連敗もするようになったのは、93年以降顕著になった少子化と私立大学における推薦入試拡大の影響であると思う。

 学校基本調査(文科省)のデータによると、92年のピーク時205万人(団塊ジュニア最終世代)であった日本の18歳人口は、93年以降一貫して減り続け、2008年以降は概ね120万人前後で推移している。東京六大学野球で言えば、東大とともにスポーツ推薦を実施していなかった立教大学が「アスリート選抜入試」を開始したのも、奇しくもこの2008年からである。

 自分も早大出身なので80年代から六大学野球をたまに見ているが、80年代90年代の東大野球部は現在ほど連敗していなかった。野球自体のレベルは当時もお粗末で、むしろ今の東大の方が投手力は改善されたようにも思える。

 ではなぜ、現在の東大野球部が94連敗もしてしまうのかというと、誤解を恐れずに指摘すれば、早慶立3大学がスポーツ推薦を強化したためであろう。90年代までは、立教はもちろん、早慶両大学もさほど野球部を強化していなかった。当時も法政大学と明治大学は甲子園組を大量に補強していたと記憶しているが、早慶の野球部では甲子園組は数人程度で、主力は地方の公立高校か付属および係属校出身者であった。

 そのため、戦力で劣る早慶立は法明両校にいつも苦戦していたのであるが、早大が所沢で、慶大がSFCと付属高校でそれぞれスポーツ推薦を強化し始めると、法政と明治のそれまでの優勢は崩れ、早慶戦で勝ち点を挙げた方が優勝というケースが増えたのである。今回法政が東大の連敗記録をストップさせた事実から推測されるのは、かつての法政野球部の優位が完全に失われて、東大を除いた5大学の戦力がほぼ均等になったことである。

 現在では、立教野球部も甲子園優勝クラスの強豪私立高校出身者が増えている。したがって、いまだに県大会3、4回戦レベルの進学校野球部出身者しか入部してこない東大野球部が、以前より連敗するのはむしろ当然であろう。最近は、他の5大学との戦力差が開き過ぎている。

 自分の印象としては、東大野球部は打力が弱いのは仕方がないにしても、投手の与四死球と野手のエラーが多く、それで自滅して試合を壊して敗戦という悪循環が見て取れる。

 東京六大学野球のサイトでデータを確認してみたところ、確かに25回から40回程度の投球回数がある各校エース・ピッチャーの防御率も与四死球も、東大が最下位であった。ちなみに打撃成績20位以内に東大の野手は1人も入っていない。

 ではどうするか。現在の状態を放置したら、東大野球部はまた5年間90連敗位しかねないだろう。そこで、最近東大が取り組み始めた留学生拡大「世界から人材の集うグローバルキャンパス」の施策を利用して、アイビーリーグやキューバから身体能力に優れた留学生を招聘することはできないだろうか。

 自分の見るところ、大学野球はプロ野球と比較すると打力が非常に貧弱である。東大以外の5大学のクリーンアップを打つ野手でも、プロ野球に進んで1軍でホームランを量産できそうな選手は滅多にいないと思われる。

 したがって、東大野球部がクリーンアップを打てる外人助っ人2人とキューバあたりの投手1人を補強することができれば、十分他の5大学の戦力に対抗できるだろう。もちろん、学力要件を限定する必要があるだろうが、東大野球部を国際化するというのも強化の有力な一案ではないだろうか。

2015年5月27日水曜日

イランの核武装化を止められるか-ベイジアン展開形ゲームによる分析

 まず、想定される状況を、以下の通り定義する。

(1)  イランは、イスラエルが現在独占している中東での核保有国への参入(核開発継続)を検討している。
(2)  イランが参入を選択すると、イスラエルはイランとの共存か、あるいはイランに対する攻撃を選択する。
(3)  イランには、イスラエルへの反撃を行う強硬なタイプと、反撃を差し控える柔軟なタイプのいずれかのケースが有り得る。
(4)  イランは自分のタイプがわかるが、イスラエルはイランを確率1/2で強硬なタイプ、確立1/2で柔軟なタイプであると見積もっている。
(5)  イランは、イスラエルが単独で自国の核施設を攻撃した場合でも核開発を継続することができ、イスラエルが自国との共存を選択した場合には、核武装してイスラエルを地域から駆逐することができる可能性があるものとする。

 以上の状況は、イラン、イスラエル両国の共有知識となっている。

 このゲームにおけるイランの選好順序は、強硬型で核開発継続・共存DC>柔軟型で核開発継続・共存DC>柔軟型で核開発中止C>強硬型で核開発継続・攻撃DD>柔軟型で核開発継続・攻撃DD>強硬型で核開発中止C、であると考えられる。

 他方、イスラエルの選好順序は、柔軟型イランの核開発中止C>強硬型イランの核開発中止C>柔軟型イランの核開発継続・攻撃DD>強硬型イランの核開発継続・攻撃DD>柔軟型イランの核開発継続・共存DC>強硬型イランの核開発継続・共存DC、であろう。

 両国が獲得する利得ベクトルは、上記のそれぞれの選好順序に3から-2までの整数値を割り振った()内の数値の組み合わせによって示されている。()内の数値の前者はイランの利得を、後者はイスラエルの利得をそれぞれ意味している。なお、各数値は両国の序数的効用を示したものであるから、数値そのものの符号や絶対値に特段の意味はないが、イメージしやすいように不利な場合にはマイナス符号を付け、有利不利のどちらでもない場合には0を割り振ってある。


 (自然手番から)確率1/2 情報集合α イラン手番強硬型イラン
               ↓
               情報集合γ
     イスラエル手番 対強硬型イラン
(信念・確率p
      ↓
  ・核開発中止C-2,2
→・核開発継続・攻撃DD0,0
→・核開発継続・共存DC3,-2

 (自然手番から)確率1/2 情報集合β イラン手番柔軟型イラン
               ↓
               情報集合γ
     イスラエル手番 対柔軟型イラン
(信念・確率1-p
      ↓
  ・核開発中止C1,3
→・核開発継続・攻撃DD-1,1
→・核開発継続・共存DC2,-1


 さて、この展開形ゲームでは、イランの手番後の情報集合γにおいて、イスラエルは2つの手番のどちら側にいるかを判断できないため、どちら側の手番に自分がいるかに関するイスラエルの「信念」、すなわち条件付き確率としての予測が問題となる[1]

 いま、上の手番にいる確率をp、下の手番にいる確率を1-p 0p1)であるとイスラエルが見積もっていると考える。一方、イランはαとβの2つの情報集合を持っているが、そのどちらにも1つの手番しか含まれていないため、信念はどちらの情報集合でも1となる。

 このゲームでの均衡点は、各プレイヤーが、その後の他のプレイヤーの行動を所与とした上でそれぞれの情報集合ごとに自らの信念を前提に期待利得を最大化する行動を選択すること、そして、信念自体が各プレイヤーの選択するその情報集合に到達するまでの行動と整合性がとれていること、以上の2点から求めることができる(完全ベイジアン均衡)[2]

 そこで、まず情報集合γにおけるイスラエルの信念に基づいてその期待利得を計算すると、C(すなわち共存)を選択した場合には、-2p-1(1-p)-p-1D(すなわち攻撃)を選択した場合には、0+1(1-p)=-p+1、であるから、イスラエルは自らの信念に関わらず、D(攻撃)を選択することが最適となる。

 次に、情報集合αにおけるイランの行動を考えると、イスラエルが情報集合γでDを選択してくることを前提とすれば、αでイランは、DDの場合の自分の利得0C(核開発中止)の場合の自分の利得-2を比較して、D(すなわち核開発継続)を選択することが最適である。

 また、情報集合βでイランは、イスラエルがγにおいてDを選択してくることを前提とすれば、DDの場合の自分の利得-1と、Cの場合の自分の利得1を比較して、Cを選択し核開発を中止するはずである。

 最後に、ゲームの開始時点を自然手番として考えると、情報集合γの上の手番に到達する確率は、イラン、イスラエル両国いずれも最適な選択がDDでつながるので1/2、下の手番に到達する確率は、イランの選択がC、イスラエルの選択がDDでつながらないので、βに到達する確率は0である。よって、手番に到達することを前提とした条件付き確率であるp=1となる。

 以上の考察の結果、この問題の均衡点は、戦略の組(イラン、イスラエル)では(DC, D)、情報集合γでのイスラエルの信念(p, 1-p)では(1, 0)の組である。したがって、結論はDD、すなわち、イランの核開発継続とそれに対するイスラエルの攻撃しかないことになり、「イランの核武装化を止められるか」どうかについては「核武装化を止められない」、そして、「イランの反撃はあるか」どうかについては、イランが強硬タイプでイスラエルへの反撃を躊躇しないであろうから、「反撃はある」が解となる。


[1] 武藤滋夫『ゲーム理論入門』日経文庫829[経済学入門シリーズ] (日本経済新聞出版社、2001)128頁。
[2] 同上、129頁。

2015年5月26日火曜日

イランによるホルムズ海峡封鎖のケース・スタディ

 イランがホルムズ海峡を本当に封鎖することが想定されるケースとは、イランに対する武力攻撃が起きた場合に、イランが自衛権の行使を理由に封鎖する場合である。

 しかし、ホルムズ海峡の分離航路帯がオマーンの主張する領海内にあるので、イランの自衛権がそこまで及ぶことをオマーンも欧米諸国も、もちろんわが国も容認しないはずである。

 このケースが実際に起きた場合には、仮に国連安保理の武力行使容認決議が無かったとしても、欧米諸国はオマーンの自衛権行使としての掃海作業に協力する有志連合を組む可能性がある。その場合、海上自衛隊の掃海部隊派遣が、アメリカやオマーンから要請されることを想定できるかもしれない。

 その際に有志連合軍は、オマーンの要請に対して集団的自衛権を行使する余地もある。だが、このケースでは、ペルシャ湾に展開するアメリカ第5艦隊とイラン海軍との戦闘が継続されている最中の掃海作業となる可能性も、恐らく否定できない。

 次に、20131月に起きた、アルジェリア東部イナメナスでのガス・プラント人質事件で日揮の駐在員10人が犠牲となった事案[1]からすでに議論されてはいるが、自衛隊による邦人救出の有り方がホルムズ海峡封鎖のケースでも問題となる可能性がある。

 現在、イラクを除くペルシャ湾岸諸国に在留している日本人は、平成24年度の概数で、UAEに約3000人、カタールに約1200人、サウジアラビアに約830人、イランに約740人、バハレーンに約240人、クウェートに約190人いる[2]

 これらの邦人のうち、具体的に危機が発生する前に脱出する人、現地に居残る人、陸路または空路で脱出する人、取り残される人の数等を想定しておく必要がある。
 
 参考となる具体的なケースとしては、イラン・イラク戦争中の1985317日、イラクのサダム・フセイン大統領が48時間の猶予期限以後、イラン上空を飛ぶ航空機に対する無差別攻撃を行うと宣言した事例がある[3]

 当時のイラン在留外国人は、各自自国の航空会社や軍の輸送機によってイランから脱出したにもかかわらず、わが国だけは、日本航空の労働組合が組合員の安全保障が確保されないことからチャーター便の派遣要請を拒否し、また自衛隊法上、自衛隊の海外派遣が困難であったことから、イラン在留邦人215人の救出方法に窮して邦人の安全が確保できない状況が生じた。

 幸いこの時は、トルコ政府の協力で、トルコ航空に自国民救援のための最終便を2機に増発してもらうことができ、日本人がトルコ航空機に分乗して期限ぎりぎりで危機を脱することができた[4]

 しかし、アルジェリア人質事件後の国民感情を鑑みると、今後ペルシャ湾岸での邦人救出に自衛隊の派遣が検討される可能性があるかもしれない。そのためには、新たな法整備と自衛隊の装備および訓練を強化することが必要となるだろう。


[1] "Algeria siege dead and survivors flown back to Japan," BBC News Asia, 25 January 2013, accessed on March 7, 2013, <http://www.bbc.co.uk/news/world-asia-21192100>.
[2] 外務省領事局政策課『海外在留邦人数調査統計 (平成24年速報版)』、201337アクセス<http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/tokei/hojin/12/pdfs/WebBrowse.pdf>, 54-57頁。
[3] 木暮正夫「日本とトルコの民間友好史: テヘランに孤立した日本人を救出したトルコ航空」、201337日アクセス、 <http://www.turkey.jp/2003/info03_5.htmlhttp://www.turkey.jp/2003/info03_5.html>.
[4] 同上。

イランの核開発継続で、イスラエルの曖昧政策は変更されるか。

 そもそも、イスラエルが半世紀以上も継続している核の曖昧政策とは、核を保有していることを政府が公式に確認することも否定することもせず、自国の核関連活動について市民に報告することを通じて民主的な監視下に置くこともしない、不透明な核政策を意味している[1]

 これまでイスラエル国内では、政府の検閲とマスメディアの自主規制によって、この核に関するアミムット(非確認)・ルールを堅持してきた。この路線は、1966年のゴルダ・メイヤ首相とニクソン米大統領の秘密合意がきっかけとなって確立された。

 その秘密合意は、アメリカによるイスラエルの秘密の核武装容認、すなわち、イスラエルが対外的に核保有を表明したり、あるいは核実験をしたりすることを慎むならば、アメリカがイスラエルの核保有を認め、それを擁護するという、イスラエルに中東における核の独占と安全保障上の特権的地位を認めた合意なのである[2]

 確かに、この合意の結果、周囲をアラブとイランの敵に囲まれたイスラエルの実存的脅威は大いに削減されている[3]。また、イスラエルが他の域内国家、例えばイラクやシリアが核武装しようと試みたのを実力で排除した強引な予防攻撃を実施した際には、常にアメリカがその国際法違反行為を背後で支持して、国際社会の非難をかわしてきた事実から見ても、この曖昧政策がイスラエルに極めて多大な利益をもたらしてきたことは明らかであろう。

 しかし、イランの核武装がもはや止めることのできない段階に達した場合には、イスラエルが現行の曖昧政策を続けて自国の核保有を不透明なままに放置した場合、イランとの間に安定した核抑止体制を構築することは不可能になる。また、イスラエルは民主的な国家であるから、そうした状況下で政府が国民に説明責任を果たさないことが大問題となりかねない[4]

 さらに、イランが核武装した後に周辺のアラブ諸国が核武装に走ることを抑えるためには、イスラエルを責任ある核保有国として国際的な核不拡散レジームのメンバーに加えることが必要だが、そのためにはイスラエルに曖昧政策を捨てさせることが必要になる[5]。イスラエルにとっても、イランに対する道義的優位を確立して、有利な立場を維持することにつながるかもしれない[6]

 イスラエル国内の議論については、例えば、テルアビブ大学の外部機関である国家戦略研究所(Institute for National Security Studies (INSS))が発行しているStrategic Assessment201110月号で、核保有したイランに対する曖昧政策の価値について、アダム・ラズがまとめている[7]

 ラズの分類によれば、イスラエルが核保有を宣言して明示的な抑止戦略に移行すべきとする立場を「核のタカ派」(Nuclear Hawks)、従来の曖昧政策を維持すべきとする立場を「核のハト派」(Nuclear Doves)として、その主張を対比している。いま、双方の主だった主張をまとめてみると、以下の表のようになる。

 表 イスラエル国内のタカ派(核抑止論者)とハト派(曖昧政策維持論者)の、主張の対比

出典:Adam Raz, “The Value of Nuclear Ambiguity in the Face of a Nuclear Iran,” The Institute for National Security Studies (INSS) Strategic Assessment, Vol. 14, No. 3, October 2011, pp. 21-28に基づいて筆者が作成。

タカ派の主張
ハト派の主張
・イスラエルはすでに核武装国家と見なされており、曖昧政策を捨てて明示的な抑止戦略に移行しても、そのイメージに変化はない。
・曖昧政策を捨てれば国民の士気が向上し、敵の通常攻撃への不安が軽減される。
・イラク、リビア、シリア、そしてイランの例からわかるように、曖昧政策は中東への核兵器導入を妨げる効果を持たない。
・抑止戦略は、国防予算の削減に寄与する。
・抑止戦略は、兵器と資金面での対米依存を軽減する。
・曖昧政策を捨てれば、民主的手続きと透明性が向上する。
・イランに対する核の均衡と安定、イランの核開発計画への準備に資する。現状は不安定で不確実である。
・イランと相互に核武装することで防衛力が洗練、強化される。相互確証破壊のコストを負担できないのでかえって安全である。地域的な冷戦構造を作ることは、崩壊しやすい相互平和より好ましい。
・イスラエルが曖昧政策を破棄することは、アメリカの進める不拡散政策を損ない、対米関係が悪化する。
・曖昧政策を続ければ、中東の核軍拡競争に反対の立場を維持できる。
・明示的な核抑止政策は、イスラエルが核開発国に対して軍事行動を起こす際の国際的正統性を弱める。
・核抑止政策は、アラブ諸国の核開発支持を強めてしまう。
・核抑止では、通常戦争やテロを防ぐことはできない。したがって、イスラエルが通常戦力の優位を維持する代替案とならない。
・核抑止下でも、イスラエルが通常戦で優位を保つためには外国の援助とアメリカの支持が必要であるし、むしろ核開発のコストが増大する。
・イスラエルとイランの、核の「均衡」状態の内容が明らかでない。
・核抑止の前提となる、軍備管理、軍縮に関する地域的な合意には信頼性がない。



























 上記のタカ派とハト派の議論を比較してみると、道義的には、イスラエルの核に関する透明性を高め、国際的責任を負わせる点でイスラエルが曖昧政策を破棄することが望ましい。

 一方、イスラエルが曖昧政策を捨てて明示的な抑止戦略に移行するとしても、相手のイランやアラブ諸国の意図が必ずしも明確でない状況では、非対称で不均衡な核抑止体制しか構築できない可能性も大きい。この点は、ハト派の主張に一理あると思われる。

 イスラエルは国土が狭小で第二撃による報復がほぼ不可能であるから、イランが核兵器の先制不使用を明示しない限り、決して安心できないのである[8]

 そして、現状のイランの核計画は、イスラエルに対する抑止力ではなく、むしろ地域で覇権を獲得することを第1の目的としているように見える。イランの第1の目的が地域覇権の獲得であるならば、イランは核兵器を用いて、従来のゲームのルールを変えようと試みるだろう[9]

 つまり、イランは核兵器による脅しを背景に、パレスチナとペルシャ湾岸の過激派組織を支援して、地域の都市と施設を人質に取ろうとするかもしれない[10]。そう考えると、核抑止戦略は通常戦争の勃発やテロ組織の活動にほとんど影響を与えないから、イスラエルは通常戦力の優位を確保し続けなければならないだろう。

 その一方で、イランとの核戦争に発展しかねないような、通常戦力による広範囲の軍事行動を差し控えなければならない矛盾に陥ることになる[11]

また、イスラエルが自国の核戦力と戦略ドクトリンを明示することは、エジプト等周辺アラブ諸国を大いに刺激することは間違いない。例えば2008年には、イスラエルが核保有を公式に表明すれば、自分たちは核不拡散条約(NPT)から脱退するとアラブ諸国は牽制しているのである[12]

こうした展開は、イスラエルにとって明らかな安全保障上のジレンマとなるから、明示的な抑止戦略に移行するよりは、現行の曖昧政策を続ける方が、イスラエルにとってむしろ得策であろう[13]。したがって、「イスラエルは現行の核曖昧政策を続ける」というのが、この論点の妥当な結論となるだろう。


[1] アブナー・コーエン、マービン・ミラー「イスラエルは自国の核保有を認めるべきだ」『フォーリン・アフェアーズ・リポート』2010, No. 11, 90-102頁。
[2] この段落の記述について、同上、91頁。
[3] 同上、91頁を参照。
[4] Adam Raz, “The Value of Nuclear Ambiguity in the Face of a Nuclear Iran,” The Institute for National Security Studies (INSS) Strategic Assessment, Vol. 14, No. 3, October 2011, p. 21, <http://cdn.www.inss.org.il.reblazecdn.net/upload/(FILE)1320577078.pdf>, 
accessed on March 7, 2013; 同上、98頁。
[5] 同上、96-97頁。
[6] 同上、101-102頁。
[7] Raz, “The Value of Nuclear Ambiguity in the Face of a Nuclear Iran,” <http://cdn.www.inss.org.il.reblazecdn.net/upload/(FILE)1320577078.pdf>.
[8] Ibid., pp. 26-27.
[9] Ibid., pp. 27-28.
[10] Ibid., pp. 27-28, note 22.
[11] Ibid., p. 27.
[12] コーエン、ミラー「イスラエルは自国の核保有を認めるべきだ」91頁。
[13] Raz, “The Value of Nuclear Ambiguity in the Face of a Nuclear Iran,” p. 29.

2015年5月25日月曜日

ジョン・ナッシュ博士追悼-婚活ゲームでのナッシュ均衡を分析してみよう。

非協力ゲーム理論の解である「ナッシュ均衡」を提唱した数学者のジョン・ナッシュ博士(86歳)が、妻のアリシアさん(82歳)とともに、5月23日に、アメリカのニュージャージーでタクシーに乗車中、交通事故に遭遇して亡くなったそうだ。

 ナッシュ博士と言えば、1994年にノーベル経済学賞を受賞している天才で、統合失調症で苦しんだその生涯は、ラッセル・クロウが主演してアカデミー賞の作品賞、監督賞などを受賞したハリウッド映画「ビューティフル・マインド」で描かれたため、とても有名である。

 ナッシュ博士と言えば、何よりも非協力ゲーム理論の「ナッシュ均衡」だが、その発想は拍子抜けするくらい、実は単純なものである。つまり、ゲームに参加している各プレイヤーの戦略(行動の選択肢)が他の全プレイヤーの戦略に対して最適反応になっている時、各プレイヤーは戦略を変更すると獲得利得が下がってしまうため、戦略を自ら変更する誘因を持たない。その戦略の組がナッシュ均衡点である。

 「ビューティフル・マインド」では、学生時代のナッシュがナッシュ均衡理論を発見したのが、バーに入ってきた3人の美女の誰にアプローチするかと考えた時、もし全員がナンバー1の美女に向かわなければ、皆が相手を得られることからインスピレーションが浮かんだことになっていた。これは、単に映画で話を面白くするための作り話だそうだが。

(岡田章先生の「ジョン・ナッシュの業績」<http://www.econ.hit-u.ac.jp/~aokada/essay_pdf/John_final.pdf>という文章を参照)。

 このように、ナッシュ均衡とはきわめて単純な発想に基づいている。岡田先生の上記文章にも、男女学生2人づつの恋愛ゲームを事例にナッシュ均衡が解説されているが、筆者も岡田先生の取り上げられた事例を少し変形して、婚活ゲーム状況を説明して遊んでみたいと思う。

問題
 今婚活に臨んでいる、AさんとBさんの結婚適齢期の男性2人がいます。なお、女性から客観的に見た魅力は、Aさんの方がBさんよりも高いとします。

 さて、AさんとBさんは、2人ともC子さんとD子さんのどちらかにアプローチしようと考えています。なお、C子さんとD子さんはどちらも魅力的ですが、ややC子さんの方がD子さんの魅力を上回っているものとします。つまり、AさんとBさんは、できればC子さんと結婚した方が、得られる利得(この場合は満足度、または効用)が高いわけです。

 さて、こうした状況の下で、はたしてAさんとBさんは、どちらの女性にアタックするのが最適な戦略でしょうか。

利得マトリクス(左数字がAの利得、右数字がBの利得)

                           Bの戦略

C子にアタック
D子にアタック
C子にアタック
, 0
, 
D子にアタック
, 3
, 0

   

Aの戦略


 さて、利得マトリクスを見ると、AさんはBさんよりも女性から見た魅力で優越しているので、Bさんの戦略に関わらず、C子さんにアタックするのが最適(これが支配戦略)である。

 他方で、Bさんは敢えてC子さんにアタックしても、Aさんが何故かD子さんにアタックする戦略を取った場合はC子さんと結婚できて高い利得3を得られるが、Aさんも同じくC子さんにアタックする戦略を選んだ場合、あえなく振られて利得0で撃沈してしまう。

 そこで、BさんはAさんがC子さんにアタックすると事前に読んで自分は敢えて冒険をせず、D子さんにアタックするのが最適な戦略となる。したがって、AC子、BD子の戦略の組が(純粋戦略での)ナッシュ均衡で、AC子と結婚できてその獲得利得は3、BD子と結婚できてその獲得利得は2となり、一旦この状態となれば、そこから戦略を変更する誘因をABともに持っていない。これがナッシュ「均衡」点ということである。

 何だか、映画「ビューティフル・マインド」での3人の美女へのアプローチのケースにおけるナッシュのひらめきと同じく、もしも人間が合理的であると仮定すれば、この均衡点は、極めて説得力を持っているのではないだろうか。

 参考文献: Nash, J. F. (1950), "Equilibrium points in n-person games," Proceedings of the National Academy of Sciences USA 36, 48-49.

2015年5月24日日曜日

安保法制11法案の議論の本質は、戦争に「巻き込まれる恐怖」の問題ではなく、戦後日本の安全保障における構造改革にある。

 集団的自衛権行使等を認める新安保法制11法案を審議する衆議院特別委員会が、5月22日に初めて開催され、自民党の浜田靖一元防衛大臣が委員長に選出された。議論の焦点は、集団的自衛権の行使を認めることによって、日本がアメリカの戦争に巻き込まれることになるのではないかという、「同盟のジレンマ」の「巻き込まれる恐怖」に関してなされているようである。

 しかし、安部政権が推進している安保法制の本質は、恐らくアメリカの戦争に「巻き込まれる恐怖」の問題と言うよりも、2001年4月の小泉政権誕生以降進められた、日本におけるグローバリゼーション適応に向けた、構造改革路線の安全保障面における最終段階の提示と見なすべきであると筆者は考えている。

 それと言うのも、この間の日本の安全保障法制をめぐる論議が、1991年冷戦終結以降の日本周辺の安保環境の変化、すなわち、中国の台頭や北朝鮮の核武装、さらには中東での自衛隊の展開など、従来よりも遥かにグローバルな課題に対処するために進められてきたと思うからである。

 この間の我が国安保上の論議の流れは、日本経済の構造改革において、これまで進められてきたグローバリゼーションの流れと実は軌を一にして進展してきたのである。

 日本経済の構造改革は、戦後ずっと継続されてきた政財官主導の行政指導による大企業助成と高度経済成長のための大都市中心の産業育成政策、その見返りとして地方と中小企業に対する補助金および規制、ならびに公共投資による利益還元に基づく社会統合システムを、90年代以降に進んだグローバリゼーションに適応させるために、根底から破壊する目的で進められた。

 企業が労働者を囲い込んで企業統治を貫徹するために導入された、定年までの終身雇用と年功型賃金体系も、最近の構造改革によってほとんど破壊されたのである。

 すなわち、明治維新以来日本の進路を規定してきた富国強兵路線、1945年以後は強兵の部分が脱落したものの、政財官の協調(都市中間層の目から見ると癒着と不透明性)によって誘導される経済成長第一主義の産業育成政策、ターゲティング・ポリシーによる、日本独特の開発主義的な資本主義経済の構造を、グローバル・スタンダートである、国家の介入する余地の少ない本来の市場と小さな国家体制を構築するべくぶち壊してきたのが、構造改革に他ならない。

 その過程は、日本に欧州型の本来の福祉国家体制とそれを支持する産業別労働組合と社会民主主義政党が存在しなかったことから、21世紀以降、見事に明治維新以来脈々と続いてきた日本の開発主義国家システムを破壊することに成功したと言えるだろう。現在では、開発主義時代の日本の地方への利益誘導システムも、労使協調の終身雇用システムも、もはや、その残滓が残っているに過ぎない。

 これからの日本経済は、過剰設備の問題を引き起こしかねない国内での終身雇用確保や労使協調、それによる間接的な社会統合の機能を果たすことなく、さらに多国籍企業化を進めてグローバリゼーションに適応していこうとするだろう。その結果、弱者はさらに不利な立場に追い込まれていくはずである。

 安全保障の側面でも、実はグローバリゼーションが進んでいる。もはや、日本国内を専守防衛するだけの従来型の硬直的な安保論議が成り立たない環境が、21世紀以降に出来上がっているのである。ISISの戦闘員リクルートの問題や、サイバーテロの脅威を考えれば、これは明らかであると言えるだろう。

 したがって、日本の安全保障面での諸法制をめぐる論議も、グローバリゼーションに適応するための構造改革の一環として捉えた方が、「同盟のジレンマ」における「巻き込まれる恐怖」の問題に矮小化するよりも、むしろ的確な理解に到達することができるのではないだろうか。 

NPT再検討会議10年ぶり文書不採択による決裂は、中東核拡散の現状では想定の範囲内である。

 5月22日、先月末からニューヨークの国連本部で約4週間行われていた核不拡散条約(NPT)の再検討会議が、アメリカとアラブ諸国の「中東非核地帯構想」を議論する会議開催をめぐる対立を主な原因として、最終的な合意文書を採択できず、10年前の前々回再検討会議と同様に、決裂して閉幕した。

 この「中東非核地帯構想」とは、1995年、NPTの無期限延長が決定されたことの代償として、エジプトなど中東アラブの非核保有国の要求で出された「中東決議」に基づくもので、要するに中東唯一の事実上の核保有国であるイスラエルを会議の席に引きずり出して、アラブ諸国が皆で非難するための構想である。

 したがって、イスラエルの保護国であるアメリカは最初から同構想に乗り気ではないし、今回の再検討会議ではイスラエルの代表もオブザーバー参加して牽制していたから、最初からアメリカが、来年3月1日までに「中東非核地帯構想」会議の開催時期を特定することに反対の立場を取ることは明らかであった。土台、アメリカとアラブ諸国の間で、合意を形成することが無理な話であったのである。

 そもそもNPTは、国連安保理常任理事国5カ国だけに核兵器の保有を認め、その他大多数の加盟国は原子力の平和利用(平たく言えば原発の建設)だけが認められている点で、典型的な不平等条約である。その代わりに、核兵器保有国は核軍縮に努力すべき義務が定められているのだが、それが遅々として進まないことにオーストリアなど多くの非核保有国が反発して、今回の再検討会議では「核兵器禁止条約」の締結までもが議論された。

 もちろん、核兵器保有国は自分達の既得権益(核兵器の寡占状態という優越的地位)を害するような、そんな条約を認めるはずがないし、実を言うとアメリカの提供する拡大抑止(いわゆる「核の傘」)を自国の安全保障の根幹に置いている日本などの地域対米同盟国も、「核兵器禁止条約」には反対せざるを得ないのである。

 NPT再検討会議では、核軍縮のほかに、核不拡散と原子力の平和利用も議題とされるのだが、核軍縮については前述のように核兵器保有国と他の大多数の加盟国が対立しており、核不拡散については、イスラエルのほかにインドとパキスタンの明確な核兵器保有国がNPT未加盟である上に、北朝鮮まで核武装してNPT脱退を宣言したことから、そもそもお話にならないのが現状である。

 また、原子力の平和利用については、イランの核開発プログラムがIAEAの保障措置(査察を受ける義務)協定に違反して進められたにもかかわらず、P5プラスドイツが、事実上イランの核開発を容認する方向で今年6月を期限とする最終合意に向けた交渉を継続していることにサウジアラビアなどのアラブ諸国が反発しており、イランの核開発継続が認められれば、サウジアラビアなどもイランと同等の権利を主張する強硬姿勢を示している。

 それどころか、サウジアラビアはNPT非加盟国であるパキスタンの核武装をかつて秘密裏に資金援助したと言われているため、イランが今後も核開発を継続して核武装の方向に向かった場合には、パキスタンの核弾頭を自国に配備する選択肢も検討していると言われている。それほど、中東地域では核拡散の危機的状態に置かれているのである。

 エジプトはサウジアラビアと並ぶアラブの大国だが、イランの核開発よりも、過去に4回も戦争をしたイスラエルの核兵器をむしろ警戒している。そのために、エジプトは「中東非核地帯構想」の実現を繰り返しNPT再検討会議の場で主張しているわけであるが、今回の再検討会議でも、アメリカに事実上拒否されてしまった。そのため、イスラエルへの対抗上、エジプトは今後も化学兵器禁止条約(CWC)に加盟する見込みがないだろう。

 このように、NPT再検討会議でのアメリカとアラブ諸国の決裂は、中東における核拡散の現状ではむしろ想定の範囲内の出来事であり、今後核兵器に関しては、イスラエルとイランの地域二極体制が構築されていく方向に緩やかに進んでいくものと筆者は予想しているのである。