しかも、今回の作戦には3月31日の北部ティクリート奪還の際に起きたようなシーア派民兵によるスンナ派住民に対する略奪、暴行は起きなかった。今回の政府軍のラマーディー奪還作戦では、IS拠点に対する空爆で政府軍の攻勢を支援したアメリカの圧力によって、シーア派民兵は動員されなかったためである。したがって、シーア派民兵に対して強い影響力を持つイランのイスラーム革命防衛隊の奪還作戦への関与も多分なかったのだろう。
政府軍はシーア派民兵に代わって地元のスンナ派部族を支援戦力として活用したようであり、動員した兵力は1万人以上だったらしく、市内に残存していたIS戦闘員がわずか300人程度だったと言われているから、圧倒的な政府軍兵力が西方に迂回してユーフラテス川を渡河することをISが結局阻止できなかったというのが戦況の推移だったようである。
IS戦闘員約300人は、多くの塹壕とトンネルに籠って防衛線を張り、主として狙撃で政府軍を迎撃する作戦を選択した模様だ。また、住民を人間の盾とし、地雷や仕掛け爆弾を設置するとともに、自爆攻撃を相次いで敢行して政府軍の進撃を阻止しようとしたらしい。これは、市街戦において極めて有効な戦術を、兵力劣勢なIS側が採ったものであろう。
したがって、政府軍は極めて慎重に包囲網を縮小しながら、12月22日の攻勢開始から約1週間の時間をかけて市街中心部に攻め込んだものと見られる。この双方の戦いぶりから見ると、その圧倒的な兵力差から考えても、依然としてISの戦闘力はさほど弱まってはいないようだ。
結局、ラマーディーからのIS駆逐に効果的だったのは、有志連合軍による従来以上の激しい空爆の実施であったのだろう。ロシア空軍による民間人の付随的損害を配慮しない対価値無差別爆撃ほどではないにしろ、最近の有志連合軍の空爆も相当に強化されたカウンター・フォース爆撃となってきたからである。
そのため、ISは都市部に分散して塹壕に立て籠る消極作戦しか選択できなくなっている公算が大きい。かつて1千人以上のIS戦闘員がいたラマーディーでの兵力減少度から考えると、イラク国内の一部都市からは撤収する作戦をISが採り始めたのかもしれない。とすれば、来年2016年のイラクでの対IS戦線における勝敗の行方は、北部の主要都市モースルを政府軍が奪還できるかどうかにかかってくるだろう。
ISとしても、北部の要衝モースルを仮にイラク政府軍やクルド民兵のペシュメルガの攻勢によって奪還されるようなことになれば、もはやイラク国内にとどまって活動を続けることは非常に困難になる。したがって、ISはラマーディーとは異なってモースルについては、絶対にこれを死守しようとするはずだ。来年の決戦は、恐らくモースルの攻防戦になると筆者は考えている。
もし、イラク政府軍が来年モースルを無事奪還することに成功すれば、もはやISの宣言した「カリフ国」は事実上シリア国内だけに封じ込められることになるだろう。その後は、アメリカ主導の有志連合は、トルコとエジプトへの対IS作戦での支援を重点的に強化すべきではないかと筆者は考える。
なぜなら、ISのみならずアサド政権擁護のために反体制派全体を無差別に攻撃しているロシアの軍事介入が既成事実化している以上、直ちにシリア情勢を改善する手立てが見当たらないからである。結局、IS「カリフ国」を消滅させることに成功したとしても、シリアは地中海沿岸部のアサド政権支配地域と南北に分断された反体制派支配地域、そしてトルコ国境沿いに長く伸びたクルド人自治区に三分割するしか妥当な解決策はないだろう。
ロシアのシリア内戦介入は、直接的には自国のイスラーム過激派の活動を予防的に抑えることを第一の目的としているのかもしれない。だが、地政学的には、クリミア半島のセヴァストポリ軍港を基地とする黒海艦隊の唯一の地中海への進出(補給)拠点であるタルトゥース港の施設を確保する目的も重要だろう。
シリア内戦への介入をめぐってクリミアとウクライナ問題での欧米との対立を棚上げする目的がプーチン大統領にあるとすれば、セバストポリ軍港を失うことがロシアの黒海における制海権をNATO加盟国であるトルコに奪われることを同時に意味していることにもっと注目すべきだろう。NATO加盟国が東方にどんどん拡大している現状を阻止するためにも、ロシアとしてはセバストポリ軍港を有するクリミア半島を併合してしまう必要があるだろうし、その延長線上にタルトゥース軍港を持つシリアに軍事介入して自国の権益を確保する必要があったのかもしれないからだ。
そこで、欧米としてはユーラシアのハートランドであるロシアのこれ以上の権益拡張を阻止するためにも、地政学上リムランドであり、かつ橋頭堡国家でもあるトルコ(重要な基地があり、ボスポラス海峡というチョークポイントがある)とエジプト(スエズ運河がある)をISの脅威から重点的に守るとともに、様々な内政上の問題を抱えるこの両国の体制を当面強化することを通じて、ロシアのシリア進出を牽制していく必要があるのではないだろうか。
*筆者は1月5日まで正月休みに入りますので、その間は投稿を中断します。