トルコが7月24日にシリア北部ISの拠点に対するF16戦闘機による空爆作戦を開始してアメリカが率いる有志連合軍の対IS掃討作戦に参戦することに踏み切り、同時にこれまで拒んできた有志連合軍のインジルリクやディヤルバクルなど国内空軍基地使用を認める合意をオバマ米政権と締結した。
従来ISに対する国境管理などの点における緩い対応が欧米諸国より批判されてきたトルコのAKP(公正発展党)のエルドアン政権としては、有志連合の作戦に加わることは、正にゲーム・チェンジの決断である。
今回のトルコ政府による政策変更の契機となったのは、7月20日にシリアのクルド人が住む街コバニの北方、国境近くのトルコの街シュルジュの文化センターで行われていたクルド人支持者の集会が、ISによる犯行と思われる自爆テロによって多数の死傷者を出したことである。この文化センターは、トルコ国内の親クルド政党HDPが運営していたとされる。
このISによるトルコ国内でのテロ攻撃の目的は、恐らくトルコ国内で政府と対立するクルド人を標的とすることで、エルドアン政権と数年間停戦状態を維持してきた反体制クルド人組織PKK(クルド労働者党)を、トルコ国内での反政府武装闘争に引き戻そうという、彼らの狡猾な戦略であろう。
そして、そのISの目論見通り、トルコ政府は7月24日のシリア北部IS勢力に対する空爆開始の翌日には、イラク北部にあるPKKの拠点を空爆し始めるとともに、全国内で警察と治安部隊を動員して、ISのみならずPKK等の反政府勢力を大規模に摘発し始めたのである。
アメリカもトルコも、ISのみならずPKKをテロ組織と認定している。そのため、ホワイトハウスもトルコのPKK攻撃を特段非難していない。しかし、トルコ政府が国連安保理に報告したような自衛権発動としては、PKKに対するIS攻撃との二正面作戦の遂行は、その必要最小限度の要件から見て明らかに過剰反応であろう。
そればかりか、有志連合のIS掃討作戦の地上戦力を現在提供しているのは、イラク側ではクルド自治政府の支配下にあるペシュメルガであり、また、シリア側ではPYD(民主統一党)の民兵組織であるYPG(人民防衛隊)であるが、この両組織とPKKは対IS戦闘で緊密な協力関係にある。
例えば、今年1月末にYPGがISをコバニから駆逐できたのは、有志連合軍の激しい空爆による結果だけではなく、実はトルコ政府がペシュメルガの国内通過を認めてYPGを支援させた結果でもある。ISとしては、トルコ国内のクルド人をテロ攻撃することで、エルドアン政権とPKKの間に再び亀裂を生じさせ、シリア北部での自分達の作戦遂行の余地を拡大しようとしたのだろう。
トルコは有志連合軍に国内の空軍基地を使用させる恐らく代償として、シリア北部アレッポ東方からジャラーブルスに至るトルコ国境90km、シリア国内約40km入った地点までを安全地帯(IS排除地帯)に設定して、有利連合軍が空中から当該エリアを監視することを認めさせた。
これはトルコ政府がこれまで要求してきたような飛行禁止区域ではないとされ、また、FSA(自由シリア軍)が地上を管理することを想定していると報道されているが、事実上アサド政権軍がこの地域から撤退して力の空白が生じている現状では、この一帯はISとYPGの間で激しい争奪戦が行われている。
しかも、この安全地帯はトルコとの国境線沿いに東西に長く伸びたYPG支配地域を事実上分断されるように設定されるわけであるから、トルコの本当の意図はIS排除と言うより、むしろYPGの支配するシリア国内でのクルド自治区建設を妨害することにあるという見方もある。
筆者もトルコのIS掃討作戦継続の意図は、現在トルコが最も排除したい敵であるアサド政権を間接支援する(敵の敵を攻撃する)結果を招くために極めて疑わしく、むしろ、シリア北部で進みつつあるクルド独立運動が自国内に波及することを恐れた結果によるトルコの安全地帯設置構想ではないかと分析している。また、シリアからトルコに避難してきた多数の難民を安全地帯に戻させる意図もあるだろう。
つまり、エルドアン政権のクルド独立運動抑制の目論見は安全地帯設定で一部成功するわけであるが、この判断はトルコ国内におけるPKKのテロや反政府武装闘争を激化させるリスクが非常に大きい。トルコ国内がシリアやイラクと同様の内戦状態に陥る危険が相当あると、筆者には思われる。
また、アメリカにとってもPKKはIS掃討作戦における言わばサイレント・パートナーに他ならないから、トルコとPKKの戦闘状態が再燃することは、今後の有志連合軍の作戦遂行を混乱させ、有志連合内部に大きな亀裂を生じさせる恐れが多分にあるのではないだろうか。