2015年4月30日木曜日

先制的自衛権行使の問題

  国連憲章第51条は、国家の個別的、集団的自衛権を認めている。イスラエルがイランを攻撃する場合には、この個別的自衛権を援用して先制攻撃を正当化しようとするだろう。その場合、自衛権に先制的自衛権の行使(preemptive action in self-defense)が含まれるのか、また、それが予防戦争(preventive war)と一体どう異なるのかについて、改めて問題化するだろう。同様の議論は、2001年の911事件後のブッシュ米前政権によるタリバン攻撃の際にも起こった。この論点に関しては、アメリカもイスラエルも、自衛権に先制的自衛権が含まれるとする、いわゆる「積極説」の立場を採っている[1]

  先制的自衛権行使の重要な先例は、英国海軍がアメリカ国内でカナダの反乱を支援する米国小汽船を攻撃し、アメリカ人を殺害した18371229日に起きた「キャロライン号事件」である[2]。この事件後に当時のダニエル・ウェブスター米国務長官が英国公使宛ての書簡で示した見解が、先制的自衛権行使のメルクマールとなった。その中では、攻撃以外に「手段の選択と熟慮の時間が残されておらず」(“leaving no choice of means and no moment for deliberation”)、「最も緊急で極度の必要性」(“most urgent and extreme necessity”)、すなわち目前に「差し迫った」(imminent)重大な自衛の必要性を示すことが、先制攻撃の要件とされた[3]

 現在の国際法では、ウェブスター書簡のメルクマールを発展させて、軍事的反撃が必要であるかどうか(必要性の原則)、その反撃が相手の攻撃とつりあっているかどうか(均衡性の原則)、そして、反撃が即座に行われたどうか(即時性の原則)の3つの原則が、国際法が禁止している復仇や報復を行わせないために自衛権行使の要件と見なされている[4]

  このように、先制的自衛権の行使を認めるとしても、それは敵の攻撃が切迫していることの疑問の余地のない証拠が必要であり、将来の敵の攻撃を不可避と予見して危険の増大を予め取り除くことを目的として行われる予防戦争とは、概念がそもそも異なっている。しかし、その時間的な境界線は曖昧である[5]

 イスラエルが実際に行使した先制攻撃の事例で言えば、19675月にエジプトがアカバ湾を封鎖し、シナイ半島で停戦監視していた国連緊急軍(UNEF)を撤退させた翌6月、アラブ側の差し迫った攻撃を阻止するためにシナイ半島を攻撃して占領したケースがある[6]。この場合、直後に第3次中東戦争が勃発したことから、イスラエルの先制的自衛権の行使として多くの国から支持された。

  有名な198167日のイラクのオシラク原子炉空爆の時は、国連安保理が全会一致で619日にイスラエルの行動を非難する決議487号を採択した。イスラエルから事前通告を受けていなかったアメリカも、イスラエルの主張したイラク原子炉のもたらす脅威(イスラエル攻撃用の核爆弾製造)の事実関係が希薄であったため、先制的自衛権行使の要件を満たさないとしてイギリスとともにイスラエル非難決議に賛成した[7]

 イスラエル空軍は1985101日、ベイルートからチュニジアの首都チュニスに移転していたパレスチナ解放機構(PLO)本部を長駆渡洋爆撃して、ヤセル・アラファト議長の殺害を試みた。この時にも国連安保理が104日にイスラエル非難決議573号を採択したが、レーガン政権時代のアメリカは棄権してイスラエルの攻撃を黙認した。ただし、このケースでは攻撃直前の925日にキプロスのラルナカ沖でファタハ(PLO内のアラファト議長与党)武装勢力と思われる部隊によってイスラエル人3人が殺害される事件が起きており、それに対する反撃であったため、少なくとも事後的かつ即時性の原則は満たしていたとも思われる。

  最近の事例では、200796日、イスラエルはシリアのアル・キバル近郊にある核施設を空爆して破壊したとされている。シリアは北朝鮮の支援を受けて秘密裏に原子炉を建設中であったと見られたが、シリアは核兵器開発計画の存在を否定した[8]。このケースでは国際社会のイスラエルに対する非難は特になく、アメリカは懸念を示したものの攻撃自体は黙認した。

  以上の事例から考察すると、現在ではイスラエルの先制攻撃自体が半ば当たり前の行為であるかのように国際社会から認識されつつあり、アメリカがほぼ常に黙認しているので、国連安保理でもイスラエルの攻撃が先制的自衛権の行使に当たるかどうか特に話題にならないとさえ考えることもできるだろう。こうした考え方に立つと、イスラエルがイランの核施設を攻撃してしまえば、アメリカは後から黙認せざるを得ないとする楽観論も出てくる余地がある。


[1] 清水隆雄「国際法と先制的自衛」『レファレンス』(20044月)、33-35頁。
[2] William H. Taft IV, “The Legal Basis for Preemption,” November 18, 2002, Council on Foreign Relations, < http://www.cfr.org/international-law/legal-basis-preemption/p5250>, accessed on March 14, 2014; 清水、同上30-31頁。
[3] Ibid.
[4] 清水、同上32頁。
[5] 清水、同上38頁。
[6] 清水、同上34頁。
[7] William H. Taft IV, “The Legal Basis for Preemption,” November 18, 2002.
[8] “Syria 'had covert nuclear scheme',” BBC News Middle East, 25 April 2008, <http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/7364269.stm>, accessed on March 18, 2014.

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