2015年11月16日月曜日

IS(イスラーム国)の連続テロ攻撃に対する対抗手段についての考察

 1113日、金曜夜の人出で賑わうパリ市内と郊外で連続同時多発テロ攻撃が起こり、死者少なくとも130人を出す大惨事となった。フランソワ・オランド大統領の率いるフランス政府は全国に非常事態を宣言し、特に首都パリは現時点で厳戒態勢の下に置かれている。

 犯行グループは少なくとも3つの小部隊に分かれて自動車で移動し、コンサートホールやスタジアム、レストラン等の客に対して自動小銃を乱射して襲撃し、また、犯人自身(9人中7人か)が身体に着用していた過酸化アセトン(TATP)を用いた高度な技術を要する自爆ベストを爆発させて、想像以上の大量殺戮を行ったようである。

 シリアとイラク両国で活動しているISは、事件後自らがこのテロを実施したとする犯行声明を出した。筆者には、今回の事件が2001年のアル・カーイダによる9.11テロに匹敵するほどに、非常に組織的で計画されたテロ攻撃であるように感じられる。実は10月末以降、ISの国際テロ活動は顕著に激化している。例えば、1031日には航海のリゾート地シャルム・エル・シェイクの空港を飛び立ったロシア旅客機がシナイ半島上空で爆発、墜落して乗客・乗員224人が死亡したが、これもISシナイ州が犯行声明を出している。

 ISの犯行声明等では、ロシアと同様にフランスがシリアでの対IS空爆作戦を実施していることに対する報復目的の攻撃であったことが示唆されている。同時に彼らは、サウジアラビアやアメリカへの攻撃も警告しているようである。15日付の『ロイター』の記事によると、ISは西アフリカのマリ共和国でのフランス軍の対イスラーム武装勢力攻撃やフランス国内でのムスリム差別に言及して、特に優先順位の高いテロの標的としてフランスを挙げていると報じられている。

 同時に彼らがイデオロギーに基づいて行動しており、有志連合やロシアによる対IS攻撃が激化すればするほど、彼らの信仰やカリフ国家への献身、すなわちジハード活動が強まると述べている。冷戦後の安全保障状況に関してよく言われることだが、ISのような非国家主体の非対称的脅威(asymmetric threats)においては指導者の合理的な損益計算が期待できないため、その脅威を抑止することは非常に困難なのである。

 ISは一応イラクとシリア両国にまたがって一定の領域を支配しているため、彼らが守るべき領土と国民を持っているとも考えられるが、現在までの彼らの対外行動を鑑みると、「カリフ国」のウンマ(イスラーム共同体)に対する外部からの懲罰攻撃に付随する民間人の巻き添え被害(collateral damage)のリスクについては、全く考慮に入れずにむしろ甘受しているように見える。

したがって、抑止が効果を生ずるための前提である合理性は彼らに期待できず、抑止の本質である報復の脅しもほとんど効かないことになるだろう。

 抑止とは、相手の先制攻撃に対して軍事的報復攻撃を以て耐え難い損害を相手に与える態勢にあることを信頼性(credibility)の有る形で伝達することにより、相手の攻撃自体を思いとどまらせる軍事力の機能である。

 理論的に見ると、抑止概念は、耐え難い打撃を与える「威嚇」によって相手の費用計算に影響を及ぼすことで攻撃を断念させる「懲罰的抑止」と、攻撃阻止能力を自らが物理的に保有することで相手の目標達成可能性に関する計算に影響を及ぼすことで攻撃を断念させる「拒否的抑止」に分類される(防衛省の定義を参照)。

非対称的な「テロとの戦い」である対IS戦闘で言えば、有志連合やロシアによるシリアとイラク両国での空爆作戦は、懲罰的抑止が破綻した結果の懲罰あるいは報復攻撃の実施であると言える。

 また、空港での厳重な手荷物検査や都市部での警戒態勢の強化は、IS国際テロリストの非対称的脅威に対する拒否的抑止を意味しているものであろう。だが、現時点におけるISの活動に対しては報復攻撃の威嚇による懲罰的抑止は既に破綻しているし、10月末のシナイ半島でのロシア機墜落と今回のパリでの同時多発テロを阻止できなかった事実は、国家による拒否的抑止がISに対しては全く効き目が無かったことを示している。

 例えば、ロシア機墜落のケースでは、空港の厳重な手荷物検査体制をすり抜けて機内に搬入された荷物に恐らくプラスティック爆薬が仕掛けられたと考えられている。したがって、エジプトの空港関係者がISに協力して空中爆破テロに何らかの形で関与したとも言われている。

もしそうだったとすれば、仕掛けたプラスティック爆薬を時限装置で起爆させることに成功したこと自体が極めて高度な技術を要する上に、空港職員がISテロリストの一員であったことになる。エジプトという国家は、完全にISに出し抜かれたことになる。これはエジプトの拒否的抑止が、ISの非対称的脅威に対して何らの有効性も持たなかったことを意味している。

 また、今年17日にパリ11区で起きた風刺週間紙シャルリー・エブド本社襲撃事件以来、テロに対する厳戒態勢が取られてきたパリで再び大規模な連続テロが勃発したということは、他の先進国以上にテロへの警戒を強めていたフランスという国家でさえも、筆者が思うに、ISに対する拒否的抑止に失敗したことになるだろう。

 フランスのオランド大統領はシリアでの対IS空爆作戦を強化する方針のようだが、筆者の見るところ、こうした懲罰的な報復攻撃は先に述べたとおり、必ずしもISによるテロの脅威を削減する事に直結するとは限らないだろう。ISの様な非対称的アクターは必ずしも国家の様な合理的判断能力を持っているとは言えず、しかもSNS等を通じた効果的な宣伝活動を通じて世界中の一般人である観衆(audiences)の支持を動員する術にも長けているため、逆にフランスを含む有志連合の方が報復の脅しが機能しない「抑止の罠」(deterrence trap)に陥る可能性が大きいからである(See Emanuel Adler, "Complex Deterrence in the Asymmetric-Warfare Era," in T. V. Paul, Patrick M. Morgan, and James J. Wirtz, eds., Complex Deterrence, The University of Chicago Press, 2009, pp. 99-101.)。

 筆者が思うに当面対ISテロ作戦で最も有効であるのは、サイバー上のISのネットワークを遮断することではないだろうか。その手段の1つとして、こちらからISに対するサイバー攻撃を仕掛けることも検討してみてはどうだろうか。

 もちろん、有志連合やロシアによるIS組織中枢を麻痺させるための指導者層を標的とした攻撃や油田等の経済・財政的アセットの破壊、あるいはIS軍事能力そのものに対する攻撃(counterforce)も、今後継続的に強化されていくことは間違いないと筆者には思われるのだが。

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