7月14日、6月末の期限を3度延長して18日間交渉が続けられたP5+1とイランとの核協議が最終合意に達した。今日はこの合意「包括的共同行動計画」が今後の中東安全保障環境に与える影響について、筆者の現時点での分析を述べたい。
まず合意内容を端的に要約すれば、P5+1側が獲得したのは、10年から15年間イランのウラン濃縮能力を大幅に制限することにより、イランの核爆弾製造能力を最短でも1年以上かかる状態を10年以上継続でき、かつ、IAEAが一応検証可能な枠組みを構築したことである。
欧米の目論見としては、これ以上イランが核開発を継続すれば早晩イスラエルの軍事行動を招きかねず、また、サウジアラビアなどアラブ諸国が核開発を始めてNPT体制がさらに揺らぐことが当然想定されるが、イランのウラン濃縮活動を10年以上制限することで、こうした中東における安全保障環境悪化のリスクを当面阻止できると考えたのであろう。
オバマ米大統領の言葉を借りれば、「合意で必要なのはイランを信頼することではなく、イランの誓約履行を検証できる体制を構築することである」ということで、2002年にイランの秘密裏の核開発が発覚して以来13年間にわたって続いた交渉を決着させたという点では、「歴史的合意」には違いない。
もっとも、イスラエルのネタニヤフ首相の反論を引用すれば、今後縮小・制限される見込みとは言え、イランがウラン濃縮および研究活動自体を継続することを経済制裁の一括解除という好条件と引き換えに認めた今回の最終合意は、P5+1の「歴史的な過ち」に他ならないということになる。
これでイランは国際社会に復帰する目途が立ち、国連と欧米の経済制裁が最終合意に基づいて来年初頭にも一括解除されれば、イラン産原油が日量100万バレル程度市場に追加供給されることになる。
その結果、イランは年間数兆円規模の外貨を獲得できるとともに、日本にとっても石油価格の下落傾向が継続すると同時に有望な石油供給先、投資先としてイランに再び期待を抱くことが可能となって、却って好都合だろう。
その結果、イランは年間数兆円規模の外貨を獲得できるとともに、日本にとっても石油価格の下落傾向が継続すると同時に有望な石油供給先、投資先としてイランに再び期待を抱くことが可能となって、却って好都合だろう。
アメリカが現在中東で直面している安全保障上の脅威という側面では、イランの核開発よりもイラクとシリアで活動を続けているISを抑えることがテロ対策としてはむしろ重要である。
その点では、同じくISを自分の傀儡勢力であるイラク南部のシーア派とシリアのアサド政権に対する最大の脅威と見なしているイランを今後の対IS戦闘に協力させることが、イランを実存的な脅威と考えている域内同盟国(特にイスラエルとサウジアラビア)の反対を押し切ってでも選択すべきと決断したというのが、オバマ政権による最終合意に至った判断の根拠だったのだろう。
また、イスラーム圏からの移民を多く抱える英仏独など欧州諸国としても、国内の社会的安定を維持し、大規模テロの発生を抑止するという側面では、アメリカと同様にイランを国際社会に復帰させて対IS戦闘に参加させることが合理的な判断となる。そのためには、イランに対する経済制裁を解除してもやむを得ないという所だろう。
しかし、イランに対する国連と欧米諸国の経済制裁が一括解除されることはイランの経済力を上昇させる結果をもたらすから、そうしてイランが獲得した資金が、イスラーム革命防衛隊を通じてレバノンのヒズブッラーの反イスラエル闘争強化やイエメンのフーシー派の武装強化に流用されることは、イスラエルとサウジアラビアにとっては看過しがたい脅威となりかねない。
また、イスラエルとサウジアラビアにとっては、イランの核開発継続が核武装につながること自体よりも、むしろ、核開発継続によってイランが核の「敷居」(threshold)を跨ぐことで自国に敵対するシーア派武装勢力に対するイランの保護が強化され、これらシーア派武装勢力に対する自国の攻撃が今後困難となることがむしろ懸念材料と考えられているのではないだろうか。
イランがそうした地域のシーア派に対する影響力を伸ばすことは、スンナ派との宗派間抗争の激化を自国の意思で容易にコントロールすることを可能にさせるから、イスラエルとサウジアラビアは、安全保障上自らの対応が後手に回る不利な立場に追い込まれかねない。
この両国にとって従来最大の同盟国であったアメリカが、自国の関与を縮小させるために今後中東の安全保障環境を維持する重要なパートナーとしてイランを迎え入れる判断に舵を切ることになれば、イスラエル、サウジアラビアとイランとの勢力均衡を外交政策として採用することになるだろう。
天然資源の豊富さや人口規模などの国力で考えた場合、両国に対して今後イランが優勢な立場を構築していくことも不可能ではない。つまり、中東における地域覇権国としてイランが勢力を拡大していく恐れを、イスラエルとサウジアラビアは抱いているのである。
この点で、今日東アジアで中国が置かれた立場と中東でイランが置かれた立場は、潜在的な地域覇権国を目指しているという点で、非常に類似していると筆者は考えている。
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