2016年3月30日水曜日

ドナルド・トランプ氏の日米同盟論(「暴論」)に関する感想

 アメリカ大統領選での共和党候補者選出のための予備選を現在有利に戦っているドナルド・トランプ候補が、日本の核武装を容認し、対北朝鮮外交でより攻撃的になってほしいと、329日に中西部ウィスコンシン州でのCNN主催の対話集会で述べたと報じられている。

 同時に、トランプ氏は、在日米軍の駐留経費負担(俗に言う「思いやり予算」を含む)を日本が大幅に増額しなければ、日米安全保障条約を見直して米軍を撤退させるべきという持論を改めて強調したとされる。

 トランプ氏の「暴言」とされるものは数多いが、そのうち、内政ではなく外交政策に関するものを列挙して見ると、同盟国に対する駐留米軍に関する経費増額要求の他にも、例えば、TPPをぶち壊す、シリアをロシアのプーチン大統領に任せる、メキシコ国境にメキシコ政府の負担で壁を構築して不法移民の入国を妨げる、不法移民たちの強制送還、イスラーム教徒(ムスリム)の入国禁止、IS支配地域に対する戦術核兵器使用の可能性を示唆、そしてテロ容疑者に対する水責めなどの尋問(拷問)手段を採用することの提唱といったところだろうか。

 筆者も米国内の(民主党、共和党を問わず)現実主義者たちが評価しているように、トランプ氏のこうした「暴言」は、外交政策としても安全保障政策としても極めて稚拙でナイーブ、かつ、実現性に乏しい支離滅裂なものであると非常に感じる。特にトランプ氏が核戦略と抑止論に全く精通していないことは、日本が北朝鮮に対抗するために核武装することを容認している一方で、対IS作戦における戦術核兵器の使用をほのめかしていることからも明らかだろう。

こうした彼の一連の発言から考えると、果たして非対称勢力であるISに対する核兵器の使用が軍事的に効果を持つかどうか、IS支配下に置かれたシリアとイラクの一般住民に与える付随的損害の大きさについても、トランプ氏がまともに考えた上で発言しているとは誰でも到底思えないだろう。

彼は恐らく、我が国の非核三原則やNPT加盟の事実すら正確に認識していない可能性が大きい。それをわかっていた上で暴言を述べているとすれば、彼は本当のデマゴーグ(大衆扇動家)だろう。アメリカ社会の深刻な分断状況と政治不信、中間層以下の国民の既得権益(エスタブリッシュメント)への不平・不満の増大が、ある意味アドルフ・ヒトラー級の大衆扇動家への米国内での支持率を高めているとすれば、太平洋を挟んだ東アジアの親米同盟国である我が国も、事態の危うさを今から真剣に考察しておく必要があるだろう。

筆者の見立てでは、トランプ氏が予備選をこのまま勝ち抜いて共和党の大統領候補者に選出され、民主党大統領候補に選出されると思われるヒラリー・クリントンを打ち負かして実際に来年1月にアメリカ大統領に就任する可能性が、約30から40%くらいはあるように思えるからだ。ヒラリーさんは既得権益の代表選手のように国民の目から見える上に、国務長官時代の私用メール・アドレス使用問題など、数々のスキャンダルを抱えているからである。

一言で言えば、トランプが「傲慢な馬鹿」といったイメージを米国民から持たれているとすれば、対するヒラリーは「信頼できない嘘つき」といった、これまた負のイメージを持たれているのではないだろうか。選挙資金調達の面では、既得権益との癒着が無く、クリーンなイメージのトランプの方が大統領選に勝ってしまう可能性も、我々日本人は十分に想定しておかなければならないだろう。

これに対して、ヒラリーが自分の国務長官時代に推進したTPPに反対する姿勢を唐突に表明したのは、関税の撤廃や低減に反対する労働組合AFL-CIO(アメリカ労働総同盟・産業別組合会議)からの支持を獲得するために選挙戦略的に擦り寄ったからだろう。AFL-CIOは、TPPに賛成する候補者への政治資金の供給を停止する恐れがあるためだ。

 トランプ氏の外交政策を評価すれば、伝統的な孤立主義の思想に連なるものと言えるだろう。だが、アメリカが建国後間もなくの大国になる以前の19世紀ならばいざ知らず、冷戦終結後唯一の超大国として存続している21世紀の現代に、南北両アメリカ大陸とカリブ海の覇権の維持だけにアメリカが閉じこもってしまった場合の国際安全保障上の悪影響は極めて大きい。

特に激烈な紛争の持続している中東ではアメリカ新孤立主義化の悪影響が顕著で、ロシアやイラン、ISの様な国家と非国家主体が混在した多様な現状変更勢力がアメリカの現状維持への不介入姿勢に付け込んで、さらに勢力を拡大しようと試みるだろう。その結果、イランやサウジアラビア、トルコ、エジプトなど域内大国での核拡散が促進される危険性が強まりかねない。OPECのカルテルはイランとサウジアラビアの対立から生産調整が不可能になり、大輸出国であるロシアも巻き込んで原油価格の低迷が続き、各国の財政状況をさらに悪化させることにもなる。

 欧州では中東での紛争継続の結果、難民と移民の流入が今年も加速するだろう。シェンゲン協定が2016年中にも事実上機能しなくなって、欧州の経済再建に大きな妨げとなる可能性がある。キャメロン首相が是非を問う国民投票を年内に行うとした、英国のEU離脱「ブレグジット(Brexit)」は否決される公算が強いものの、EUの難民・移民政策を主導するドイツのメルケル首相は受け入れ反対派の政治勢力の台頭によって、その地位を失うかもしれない。そうなれば、自由な移動と人権尊重のEUの根本理念が崩壊しかねない。

 また日本は、アメリカの新孤立主義化によって、約70年ぶりにアメリカの軍事力に依存しない単独の安全保障政策を立案しなければならない羽目に陥るだろう。そうなれば、まさしく戦後最大のパラダイム・チェンジを我が国は2017年に迎えることになるはずだ。

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