既に先の投稿で述べたとおり、アメリカが主導する有志連合軍による対IS空爆は、昨年8月からイラクで、そして9月からはIS武装勢力の策源地であるシリアで、それぞれ二正面作戦として現在実施されている。
その結果、ISメンバーはこれまでに月間約1千人、合計1万人以上が有志連合軍の空爆作戦で殺害されたと米国務省が述べている。ISの戦闘員総数は約3万人と見積もられているから、外国等からの戦闘員補充が継続しているとはいえISの戦闘力にとっては相当なダメージだろう。しかし、昨年6月10日にISがイラク北部の要衝モースルを制圧して以降、なおISはシリア全土の約50%、イラク全土の約3分の1を合わせた約30万㎢の領土を(人口希少であるが)支配下に置いている。欧米諸国の望むIS根絶には、まだほど遠い状況にある。
アルカーイダなど従来のイスラーム過激派と異なるISの存在意義は、イラクとシリアの間に欧米列強によって引かれた国境線を解体し、一定の領土を支配する「カリフ国」を存続させることにある。
したがって、ISが5月にイラクのアンバール県の県都ラマーディーとシリアの世界遺産都市パルミラ(タドモール)を相次いで占領することに成功したことは、イスラーム世界におけるISの存在意義を象徴的に強化したと言える。逆に言えば、イラクとシリアの現政権にとっては自らの政権存続の正統性をさらに弱める非常に手痛い失態となった。
特にシリアでは、2011年3月から4年以上続く内戦による死者が23万人以上に達しており(ロンドンに拠点を置くシリア人権監視団の統計による)、イラクとは比較にならない今世紀最大の人道的危機状態にある。シリア政府軍は2月に北部主要都市であるアレッポでの反体制派に対する攻勢に失敗し、アサド政権を支援するヒズブッラーとイランのイスラーム革命防衛隊も同月シリア南部での反体制派制圧に失敗した。
3月にはヌスラ戦線等が率いる反体制派連合がアレッポ南西にあるイドリブを制圧し、5月にはアサド政権の基盤である地中海沿岸地帯とアレッポを結ぶ交通の要衝であるジスル・アッシュグールも反体制派が押さえた。最近のアサド政権軍の退潮は顕著である。
他方、ISも6月15日に、クルド人民防衛隊(YPG)の攻撃でラッカ(ISが首都と宣言している)とトルコ国境を結ぶ交通の要衝であるテル・アビアドを喪失した。6月23日には、これも要衝であるアイン・アイーサもYPGが占拠した。これでISは、トルコからラッカへ通じる最重要の補給路をクルド人に絶たれたことになるとともに、アレッポへ繋がる交通路も一部遮断されたことになる。米国家安全保障会議(NSC)元イラク部長のダグラス・オリバンド氏が今月指摘したように、確かにISの領土拡大には限界が見えてきたようだ。
ISの領土拡大は、政権基盤の脆弱なスンナ派地域では現地住民の支持を何とか得て成功しているが、イラクでもシリアでもクルド地域ではむしろ苦戦していると言えるだろう。
有志連合軍はこの機を逃さずISの領土拡大を押し戻して、ISの存在意義を破砕する作戦を選択すべきだろう。そのためには、有志連合軍は、シリア国内でISと戦っているアサド政権かヌスラ戦線などの反体制派か、現状において二者択一でいずれも好ましくない相手との事実上の連携を選択せざるを得ないシリアでの作戦遂行よりも、まず、イラクでの対IS作戦を優先すべきであろう。従来のシリア、イラク二正面作戦を少し転換して、まずイラク西部での対IS掃討作戦に重点を置くべき時期ではないだろうか。
そのためには、アメリカはバグダードのアバーディ政権が過度に依存しているシーア派民兵組織とイラン・イスラーム革命防衛隊とのアンバール県での対IS 共同作戦を止めさせ、スンナ派の安全を保障して現地の部族勢力を対IS戦闘に参加させる方向性を模索するべきだろう。
筆者の分析では、今年に入ってからのISは有志連合軍の空爆による戦闘員の減少に加えて、トルコ国内やシリア政府に対する密輸が主な収入源であった石油売却益が大幅に減少していると見られ、資金的にも苦しい状況に陥りつつあると考える。スンナ派取り込みという戦略が明確に規定できるイラクでの攻勢をまず優先し、戦略が規定できないシリアでは当面現状維持を図るのが、有志連合が採ることのできる現実的な選択肢ではないだろうか。
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