2015年10月5日月曜日

ロシアのシリア空爆開始により、中東のパワーバランスが変動する可能性に関する分析

 930日、ロシアがシリアでの反体制派に対する空爆を開始した。アメリカとロシアが同一の戦場で共に軍事行動を展開するのは極めて異例であり、恐らく第二次大戦以来の稀有な事態であろう。

その理由は、冷戦期には両者(当時はロシアではなくソ連だったが)の直接対決を招くような同一戦場での軍事行動が核戦争へのエスカレートを招きかねないとして敬遠され、朝鮮戦争やヴェトナム戦争、アフガニスタン紛争のように米ソの一方が直接軍事介入した場合には、他方はその対抗勢力を支援するに止まった代理戦争方式が冷戦期の一般的形態であったためである。

 今回のロシア軍のシリアでの空爆開始は、国連総会でのアメリカのオバマ政権の出鼻を挫いて、プーチン大統領が周到に準備した上で機先を制して実行された作戦だと筆者は見立てている。

 なぜなら、ロシアは9月初めからシリアに先遣部隊を送って、地中海に面する港湾都市ラタキアの空軍基地に空爆準備のための滑走路を建設していた事実があるからだ。なお、ロシア黒海艦隊はラタキアの南に位置するタルトゥース港に、旧ソ連圏以外では世界唯一の海軍の補給基地を持っている。ロシアはシリアのアサド政権にとって、イランと並んで最も重要な軍事支援国である。

 今回のロシアの軍事行動の意図は、恐らく現在のところ欧米との最大の対立原因となっている、ウクライナ問題からシリア内戦の動向に欧米諸国の関心を向けさせることにあるのだろう。この9月は、プーチンにとってロシアの国益を伸ばす、まさに絶好の好機であったのではないだろうか。

まず、今夏以降、数十万人のシリア難民・移民がEU諸国に殺到していることから、EU諸国の主たる関心が、アサド政権自体の存続問題より難民・移民問題の直接的な原因を除去するための対IS(イスラーム国)軍事作戦に集中し始めていた。

例えば、シリア国内での空爆参加をこれまで控えてきたフランスがシリア国内での対IS空爆作戦を開始したのは、927日からであった。これにはシリア内戦の周辺諸国への波及を封じ込め、難民・移民の欧州流入を少しでも抑制する軍事的意図が、オーランド仏大統領にあったのだろう。

こうした状況下において、EU諸国としては、建前はともかく、ロシアがISを叩く空爆を遂行することに本音では反対すべき理由は無いはずだ。EU諸国の関心は、自国の安全保障環境を悪化させない事であり、ロシアの軍事行動がシリアでの紛争をエスカレートさせなければ、さほどの懸念材料とはならない状況だろう。

 次に、ウクライナの親ロシア派は、2月に発効したミンスクⅡ停戦合意に従って、103日ウクライナ東部の緩衝地帯から戦車部隊を撤収させ始めた。102日にパリで行われた仏独露ウクライナ4カ国首脳会談では、ミンスクⅡで今秋実施が予定されていた親ロシア派支配地域での地方選挙先送りが、改めて合意されている。

 これは明らかに、プーチン側の欧米による経済制裁解除を目論んだ意図的な譲歩であろう。ウクライナ問題では、オバマ米大統領がポロシェンコ大統領の要請による対ウクライナ武器供与を検討し始めたことから、独仏両国の欧州でのロシアとの紛争拡大に対する懸念が年初から高じていた。

 その結果がミンスクⅡ合意であったのだが、状況としては20149月に締結されたミンスクⅠ合意と同様、いつ破綻してもおかしくなかった。それが今になって一定の和平の方向に進展したのは、ロシア側の譲歩の影響が大きいと筆者は思う。

 ロシアは対シリア軍事介入に当たって、シリア、イラク、イランとの4カ国間で対IS情報センターを設置して軍事協力関係を強化しつつある。プーチン大統領はシリア問題でアメリカのオバマ政権の軍事作戦が効果的に進んでいない間隙を利用して、アメリカから主導権を奪い、冷戦後に中東で失ったロシアの影響力を回復するとともに、ウクライナ問題を棚上げすることを多分狙っているのだろう。

 シリアでのロシア空軍機の空爆対象は、現在までの報道によると、アサド政権側支配地域の周辺部に位置する反体制派の拠点を主に標的にしているようである。それは、ヌスラ戦線などイスラーム過激派や、親欧米派の自由シリア軍の拠点も含まれている。欧米諸国や反体制派はロシア軍の標的が無差別で、民間人の付随的損害も出ているとロシアの軍事行動を非難している。

 これに対して、イラン革命防衛隊は傀儡であるレバノンのシーア派武装勢力ヒズブッラーとともに、レバノンからシリア領内へ地上部隊を越境させてアサド政権に対する軍事支援を強化しているという情報もある。確証はないが、このイランとヒズブッラーの動向は、今回のロシアの軍事介入開始に連動した動きと言えるのかも知れない。

また、シリアのバッシャール・アサド大統領も、104日に放映されたイランのTV局とのインタビューで、「ロシアの空爆作戦が成功しなければ中東全体が崩壊する」旨を発言して、ロシアの軍事介入を側面支援した。この時、アサド大統領は「テロリズムを煽っている」として、欧米に対して非難することも忘れていなかった。

9月になってからのシリアを巡る一連の状況を見ると、反米勢力側の親米勢力側に対するパワーバランスを変更しようとする動きが強まっているのではないか、と筆者は考える。

 以下に示す図は、筆者が作成した現在の中東での安全保障環境を表す直交座標図である。
この図では、第一象限に位置する諸勢力がパワーバランス劣勢の現状変更を意図する反米勢力であり、それに対峙する第三象限の諸勢力が冷戦後のパワーバランス優勢の現状維持を意図する親米勢力である。この両者の力の均衡が、シリア内戦をめぐって最近少しづつ変動している状況というのが、昨今の中東における安全保障環境の実態であろう。

 図 主要な主体間の位置関係(筆者作成)
                   (地域における核抑止体制の現状変更)            ・イラン








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    ↓
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