2015年11月6日金曜日

イラン核問題最終合意「包括的共同行動計画」(JCPOA)のプロセスとその評価

 20138月、保守強硬派のアフマディネジャド前大統領に代わって国際社会との関係改善を目指す保守穏健派のハッサン・ロウハニ新イラン大統領が就任した。

 これを契機として、EU3+3とイランは核開発問題を最終的に解決するため、20131124日にスイスのジュネーブで「共同行動計画」(Joint Plan of Action)に暫定合意した。

 この暫定合意の結果、翌2014121日からイランは5%以上の濃度のウラン濃縮活動を停止し、その引き換えに国際社会による対イラン制裁措置が一部緩和されたのである[1]

 だが、最終合意文書(JCPOA)の草案を定めるための交渉は720日の期限までに双方の合意には至らず、同年1124日に交渉期限を2015630日まで再延長して「枠組み合意」を締結するとした共同声明が発表された。

 201542日、スイスのローザンヌで開催された外相級協議で、EU3+3とイランの双方がJCPOA「枠組み合意」に到達した[2]。その後最終合意に向けて細部を詰める作業が双方で継続され、期限を3回延長した連続交渉を経て、2015714日、20028月の問題発覚以来13年後にして歴史的なイランとのJCPOA最終合意が締結されたのである[3]

 JCPOAでイラン側が順守すべき事項は、以下の通りである。(1)ウラン濃縮については、使用する遠心分離機数を現状の約19千基からナタンツの第1世代1R-15060基のみに10年間制限する。その濃縮度は少なくとも15年間は3.67%を超えないようにし、その備蓄量は300kgに抑制する[4]。その結果、イランが核武装を目指したとしてもそのブレーク・アウト時間は現在の23か月から約1年に延長されると言われる[5]

 なお、IAEAによる対イラン査察の実施において課題であった核爆弾の起爆装置開発等の軍事的側面(PMD: Possible Military Dimensions[6])、具体的には首都テヘラン近郊にあるパルチン軍事施設に対する査察の実施については、JCPOAで明確に規定されていない問題がある。

 またイランの裏切りに対する懐疑論者の主張では、未申告施設へのIAEA立入りに関するイランとの主張の対立が合同委員会に諮られた場合に、結論が出されるまで最大24日間を要する規定についてイランの証拠隠滅を可能にすると言う批判もある[7]。なお、イランの核開発を自国に対する実存的脅威と位置付けるイスラエルのネタニヤフ首相は、JCPOAは歴史的合意などではなく歴史的過ちだと主張している[8]

 JCPOAを肯定的に見るか否定的に見るかの評価のポイントは、イランのブレーク・アウト時間が今後10年間は約1年に抑制されることでイランの核の脅威が削減出来るかどうかの点に係っている。JCPOA懐疑派は、中長期的に見てウラン濃縮活動制限期間が終了した後にはイランが自由に核開発を再開することが可能となるから、JCPOAは事実上イランを核敷居国(threshold states)として国際社会が公認したことに他ならないと批判する[9]

 だが、交渉問題の専門家であるロバート・ジャービスがJCPOAを肯定的に評価して指摘したように、仮にイランとの交渉が決裂してJCPOAが成立しなかった場合、イランが核兵器製造により近づいたことは明白であり、その場合効果が怪しいイスラエルの軍事攻撃を招いて地域情勢をより不安定化させた危険は、合意が無かった場合よりも遥かに大きかったことは間違いないだろう[10]

 2015720日、国連安保理は決議2231号(S/RES/2231)を全会一致で採択してJCPOAを承認した[11]。そして、合意承認から90日後の1018日に「採択日」を迎え、JCPOAは正式に発効した。

 今後のプロセスとしては、1215日に予定される「履行日」(Implementation Day)を期限としたIAEA事務局のPMD評価結果に関するIAEA理事会報告によってイランの合意履行が確認された後、2016年以降国連とEUの対イラン制裁措置が逐次解除されていくことが予想されている[12]。なお、アメリカは対イラン核関連制裁の適用を停止するに留まる。

 ただし、いかなる時点においてもイランが合意の履行を怠った場合で、35日以内に合同委員会他が問題を解決できなかった時には国連安保理に提起でき、安保理が30日以内に制裁停止の継続を決定しない場合には国連制裁が再適用されるという、スナップ・バック条項がJCPOAに規定されている[13]

 また、IAEAによる査察と透明性を確保するため、イランは「採択日」から8年以内の「移行日」(Transition Day)までに200312月に署名した包括的保障措置協定の追加議定書(Additional Protocol)の批准を目指し、それまでの期間は追加議定書を暫定適用することが約束された。そして、「採択日」から10年後の「安保理決議終了日」(UNSCR Termination Day)に、JCPOAを承認する安保理決議が終了することになっている[14]


[2] 戸﨑洋史「イラン核問題「共同包括的行動計画」枠組みの合意」『軍縮・不拡散問題コメンタリー』日本国際問題研究所軍縮・不拡散促進センター、201546日、<http://www.cpdnp.jp/pdf/disarmament/2015%2004JCPOACPDNP.pdf>.
[4] Ibid.
[5] 立山良司「イラン核合意と中東の地域秩序-合意の意味と地域パワーバランスへのインパクト-」CISTEC JournalNo. 15920159月)、99頁。
[6] GOV/2011/65, 8 November 2011, <https://www.iaea.org/sites/default/files/gov2011-65.pdf>, Annex, pp. 1-12.
[7] 立山「イラン核合意と中東の地域秩序」、100頁。
[8] Isabel Kershner, “Iran Deal Denounced by Netanyahu as ‘Historic Mistake’,” The New York Times, July 14, 2015, <http://www.nytimes.com/2015/07/15/world/middleeast/iran-nuclear-deal-israel.html?_r=0>, accessed on November 6, 2015.
[9] 立山「イラン核合意と中東の地域秩序」、100頁。
[10] Robert Jervice, “Turn Down for What?” Foreign Affairs, July 15, 2015; 邦訳「イランとの核合意をどう評価するか-合意を拒絶する理由はなかった」『フォーリン・アフェアーズ・リポート』20159月号、72-75頁。
[11] S/RES/2231 (2015), 20 July 2015, <http://www.un.org/en/sc/inc/pages/pdf/pow/RES2231E.pdf>.  
[12] 戸﨑洋史「共同包括的行動計画(JCPOA)-「不完全な合意」に関する暫定的な分析と評価」『軍縮・不拡散問題コメンタリー』日本国際問題研究所軍縮・不拡散促進センター、201583日、<http://www.cpdnp.jp/pdf/disarmament/2015%2007JCPOACPDNP.pdf>2頁。
[13] 同上、2頁。
[14] 同上、2頁。

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