2016年1月13日水曜日

1月12日午前に起きた、イスタンブール観光地での自爆テロに関する考察

 112日午前1020分頃、トルコ最大の都市であるイスタンブールの最も有名な観光名所であるスルタン・アフメット広場で自爆テロ攻撃が起こった。報道では、ドイツ人観光客10人が死亡し、ドイツ人複数を含む15人が負傷したと言う情報が流れた。トルコの治安当局は、シリア国籍を持つISテロリストによる犯行と断定している。しかし、現在までのところ、IS側の犯行声明は確認されていないようである。

 イスタンブールは言うまでもなく、ドイツ人のみならず日本人にも非常に人気の高い観光都市である。特に今回テロの起きたスルタン・アフメット地区は、ボスポラス海峡を挟んだ西の欧州側金閣湾の南岸に位置する城壁で囲まれた旧市街中心部にある、イスタンブール第1の人気観光スポットである。

この歴史的、地政学的に欧州とアジアを結ぶゲートウェイであるイスタンブールの、まさにど真ん中の丘陵地帯にあるスルタン・アフメット地区には、かつてオスマン・トルコ帝国のスルタンが住んでいたトプカプ宮殿の南に、ビザンツ帝国時代の大聖堂をモスクに改築したアヤソフィアとスルタン・アフメット・ジャーミィ(ブルーモスク)がある。

また、ユスティニアヌス大帝が建設させた地下宮殿(地下貯水槽=バシリカ・シスタン)もある。広場は南のブルーモスクと北のアヤソフィアの中間地点に位置しており、双方を見学する多数の観光客が一時休憩する場所なのである。

 このようなイスタンブール第1の観光スポットをISがテロ攻撃のターゲットとしたとすれば、恐らく巷間言われているようなISの領域支配重視から海外テロ重視への戦術変更の意図があるのだろう。

それはつまり、「カリフ国」の領域が有志連合やロシアの空爆とイラク政府軍やクルド人武装勢力の攻勢の前に昨年来大きく狭まったため、イラクとシリア両国内の各地における前線で劣勢に立たされたので、ISがアルカーイダの様な国際テロへと戦術を次第に変更しつつあるという見方が妥当らしいということである。

 特に昨年1113日にクルド自治政府治安部隊ペシュメルガによってイラク北部の要衝でISが迫害する少数派ヤズィーディー教徒の多いシンジャルを奪還されたことと、1229日までにイラク政府軍によって西部アンバール県の県都ラマーディーが解放されたことが、ISにとってイラク国内での戦闘遂行上の大きな打撃となっているのだろう。

 なぜなら、第1にシンジャルは、シリア北東部ハッサケからISが依然として占領するイラク北部の主要都市モースルに向かう重要な補給ルートを遮断する位置にあるからだ。そのため、ここをペシュメルガに抑えられてしまうと、ISがシリアからの後方支援上で使用可能なルートはシリア最北端の都市カミシュリ付近を経由するシリア6号線とイラク1号線を繋ぐ道路しか無くなってしまい、ISとしては戦闘員や物資のモースルへの供給がままならなくなってしまうからである。

 また、第2にラマーディーもシリアおよびヨルダンからバグダードへ向かう交通の要衝に位置しているため、ここをイラク政府軍に奪われてしまうと、ISが古代文明発祥の地であるメソポタミアの中枢部に進出することが事実上不可能になってしまうからである。

したがって、ISとしてはラマーディーを再度奪還しない限り、1258年のフレグの率いるモンゴル帝国軍侵攻によるアッバース朝滅亡以来の「カリフ国」を復活したという、歴史的かつ象徴的な成果を、ISがイスラーム世界に誇示することが出来なくなってしまうのである。

 実はイラクの首都バグダードでも111日にシーア派地区のショッピングモール等を狙った銃乱射と自爆テロが起き、51人が死亡し、90人以上が負傷した。この事件については、ISが犯行声明を即日ネット上に発表した。これは、スンナ派とシーア派の宗派間の緊張を激化させ、シーア派主導のハイダル・アル・アバーディー首相が率いるイラク中央政府に揺さぶりをかける意図が誰の目にも明らかであるため、ISも広報戦略上進んで自らの攻撃声明を出したのだろう。

 これに対してイスタンブールでの今回のテロ事件で、今のところIS側が沈黙を維持している意図は不明である。しかし、筆者の見るところ、トルコ国内でのISによるテロの意図は単に有志連合に参加するエルドアン政権を攻撃する目的だけではなく、アンカラの中央政府とクルド人反政府勢力の対立を煽る目的も併せ持っているため、むしろクルド人のテロ攻撃と見せかけようとしたのかもしれない。

 いずれにしても、欧亜のゲートウェイであるイスタンブールの歴史地区(ユネスコ世界文化遺産)で観光客を狙った無差別テロ攻撃は、究極のソフトターゲットを対象にしたものであることは間違いない。ゲートウェイの観光地襲撃による国際的衝撃度が極めて高い証拠に、ドイツ人観光客の他、韓国『中央日報』日本語版の記事では、韓国人の団体観光ツアー客1人も指に軽傷を負ったと報道されている。

韓国外交部はこの事件の結果を受けて、韓国民のイスタンブール渡航の際の注意勧告のレベルを引き上げる模様である。つまり、大きな衝撃を受けたのは複数の死者を出したドイツだけではないのである。日本人が今回の事件の現場に居合わせなかったのは、単なる偶然に過ぎないと考えて置くべきだろう。

ISのテロリストが本当に欧亜の関門に位置する地政学的要衝イスタンブールでトルコ当局の発表通り今回のテロ事件を起こしたとすれば、単にエルドアン政権に打撃を与えただけではなく、EUの中心国ドイツのメルケル首相にも政治的打撃を与えようと狡猾に考えた可能性すら否定できないだろう。その意味でも、今回の事件によって、ISによる国際テロの脅威度がさらに高まったことは否定しがたい事実であると筆者は思う。

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