平成27年9月、国土地理院が26年度に設置した「外国人にわかりやすい地図表現検討会」がまとめた報告書である、『地名の英語表記方法及び外国人にわかりやすい地図記号について』が発表された。
この報告書は、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会を控えて我が国が観光立国を実現し、訪日外国人旅行者の円滑な移動や快適な滞在のための環境整備を目的としている。そして、多言語に対応した外国人にわかりやすい地図を普及させる目的で委員会において検討され、標準ガイドラインを策定することを意図した報告書のようである。
筆者もしばしば外国に行くのであるが、その際に地図や標識に英語表記が併記されていない場合、非常に行動の円滑に支障を来す。したがって、日本における地図記号や標識のわかりやすさに関する外国人の意見については大いに興味があったので、この報告書を一読してみた。すると、なかなか示唆に富む意見が含まれていたので、その感想を述べてみたい。
まず、標準的な英語表記として、山岳はMt.~、河川は~River、湖沼はLake~、岬はCape~、海岸(浜)は~Beach、島は~Islandであることは誰でもわかるだろう。日本人にわかりにくいのは、峠が~Passと表記すること位だろうか。例えば、鳥居峠はTorii Passといった具合である。
また、山脈は~Mountain Range、山地は~Mountains、高原は~Highland、丘陵は~Hills、台地は~Plateau、盆地は~Basin、平野は~Plain、半島は~Peninsula、湾は~Bay、海峡は~Straitであるが、これも皆知っている英語表記の仕方だろう。あまり知られていないのは、湿地が~Marshで、例えば尾瀬ヶ原がOzegahara Marshと表記されることだろうか。
ここまでは比較的簡単な原則であるのだが、日本語は同じ地理的概念においても表記法が極めて多様に存在していることから、英語表記に際して結構頭を抱える難しい問題が含まれている事だ。
例えば、筑波山は、Mt. Tsukubasan(追加方式)と外国人にわかりやすく完全表記すべきか、それともMt. Tsukuba(置換方式)で簡略に表現すべきか、という問題がある。河川についても同様に例えば利根川をTonegawa Riverとするか、あるいはTone Riverとするかといった問題があると報告書に記載されている。
報告書の後半は訪日外国人に対して行われたアンケート結果の紹介と分析なのであるが、外国人に好評であるのは総じて追加方式による完全表記である様だった。これは恐らく、~sanとか、~gawaといった日本語の意味を知らない外国人が多い結果と言えるだろう。
追加方式が一応便利なのは、例えば大山をMt. Daisen、芦ノ湖をLake Asinoko、日川をHikawa Riverと表記でき、そうしたケースで置換方式では日本人でも直ちに地名が浮かばない事態を回避できることからも明白だろう。
ただ、追加方式によると、当然のことながら英語表記に当たって文字数が増えてしまう大きな欠点がある。例えば九十九里浜を追加方式で表すとKujukurihama Beachとなるが、これは聊か長ったらしい。そこで、報告書では、固有名詞部分の読みが3音拍以上の場合は原則として置換方式で表現することを提唱している。そうすれば、上記はKujukuri
Beachと簡潔に表現されることになる。
ただし、東西南北などの方位語がつく地名については、地形との結びつきが強いので追加方式とすることが提唱されている。例えば東山は、Mt. Higashiではどこの地名を指すのか判別しがたいから、Mt.
Higashiyamaとするという事である。
また、鴨川や富士山については、それぞれ、Kamo RiverとMt. Fujiというように置換方式で表現すべきであると報告書は述べている。その理由は、こうした地名の固有名詞部分が、ある一定の広域の範囲を示しているためであるからのようだ。さらには、山、峠、岬といった地形を表す英語表現が先頭に付く地名については原則追加方式とするが、川、峠、海岸といった地形を表す英語表現が末尾に付く地名については原則置換方式で表現すべきとしているから、日本語の地名を英語で適切に表記するのは本当に難しいと思う。
この報告書において、地形表記より筆者がもっと面白く感じたのは、後半部分に参考資料として付記された訪日外国人に対する日本における現行の地図記号等に関するアンケート結果の方である。
例えば2万5千分の1地形図の地図記号である寺院を表す卍が、ナチスのマークを連想させるという回答が多いのはよく理解できるが、郵便局の○の中に〒のマークについては全体の24%の回答者しか良いと思っていないことや、モスクの記号とされた三日月が★を取り囲むようなマークについても68%の回答者が判り難いとしている。
その一方で十字架マークの教会の地図記号については96%の回答者が判りやすいとしている。それとの対比で、赤十字を表す記号を建物の様な多角形で取り囲んだ病院の記号については、教会に見えるとか、墓地のように見えると言った回答が多かったのが、筆者にはとても印象的であった。
つまり欧米出身の訪日外国人にとっては、十字架は赤十字ではなく、あくまでも教会や墓地を連想させる記号であることが如実に示されていて面白い。そうかと思えば、イスラームを表す三日月記号については、イスラーム圏から訪日した外国人でもモスクの建物のイラストに変えた方が判りやすいとしている。この辺りも興味深い点だと言えるだろう。
最後に日本人でも全く判別がつかない地図記号として、2万5千分の1地形図で交番を示す地図記号が挙げられるだろう。この記号は、どう見ても単なるバッテン・マークか、あるいはラージ・エックス(X)にしか見えないと思う。
その本来の趣旨は、報告書の記述によると、2本の警棒の交差によって警察官をイメージさせようとする意図があったらしい。だが、この記号を良いとしたのは回答者全体のわずか4%の少数に過ぎず、進入禁止か踏切の記号の様だという回答があるのが面白い。そういうわけで、この記号の判り難さについては、訪日外国人の回答者達と同様に日本人である筆者も大いに共感できたのである。
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