昨日の朝日新聞デジタルに、トヨタ自動車の労使が従来の家族手当制度の大幅見直しで大筋合意したとの記事が掲載されていた。今回のトヨタの制度改革の目的は、国の「社会保障と税の一体改革」が目指す女性の就労促進と子育て支援を先取りするためである様だが、筆者には相当考えさせる論点を含んでいると思われた。
まず、既存制度でトヨタ社員の配偶者が専業主婦(または夫)である場合に19,500円の配偶者手当が支給されていたのが、新制度では0円になるそうだ。社員が共働きであった場合には新旧制度下で共に支給額0円であるから、トヨタ自動車は専業主婦(夫)の会社収益に対する貢献度を新制度の下においてゼロ査定したことになる。
次に考えさせるのは、子ども手当の給付額改定である。既存制度では子供1人目は夫婦共働きの場合に19,500円、片働きの場合に5,000円、2人目以降は夫婦の就労状況に関わらず一律5,000円が支給されていたのが、新制度では共働き片働き関係なく、子供1人当たり一律20,000円を支給するそうだ。
確かに新制度に移行すれば、トヨタ社員の夫婦と子2人の(標準)世帯のケースで見れば、夫婦の一方が専業主婦(夫)であった場合の合計手当支給額は29,500円から40,000円へ増額され、夫婦共働きである場合の合計手当支給額も24,500円から40,000円に増額される。一見すると、夫婦の就労状況と無関係に子供の人数だけで家族手当の支給額が決定されるわけだから、トヨタ自動車社員の配偶者の就労が促進されるだろう。
また、子供なしの場合に手当て0円なのが、新制度では子供1人当たり一律20,000円が支給されるのだから、社員世帯の出生率を高め、子育てを支援する効果もかなり高いと言えるだろう。
専業主婦(夫)に対する優遇措置を廃止する動きは、国の税と社会保険制度改革の下でも検討されている。その代表的な論点が、所得税の配偶者控除と国民年金の第3号被保険者制度を廃止すべきかどうかという議論である。
現行税制においては、被扶養配偶者の年収が103万円以下であれば本人に所得税が課せられず、扶養者は配偶者控除を受けることが出来るため、当該被扶養配偶者は当面の可処分所得を重視して年収を103万円以下に就労を抑制しようとする。これが税制における「103万円の壁」と言われるもので、被扶養配偶者、特にその多数を占める女性の就労を阻害する要因となっていると言われる。
国民年金の第3号被保険者(被用者年金加入者である第2号被保険者に扶養されている年収130万円未満の配偶者)も同様で、自らの年収が130万円未満になるように就労を抑制しようとするインセンティブが働く。また、第3号被保険者の場合、配偶者の年収が高いほど就労を抑制する傾向が強く、世帯年収が高いほど配偶者控除を受けやすいという税制上の欠陥がある。健康保険も同様に被扶養者が優遇されており、これが国民年金と健康保険の「130万円の壁」と言われるものだ。
累進課税制度をとる所得税と、医療に直結する健康保険においては能力に応じた応能負担の原則が妥当であると言えるが、負担と給付の均等が一定程度要求される年金制度においては、応益負担の原則が妥当するとも言えるから、現行の第3号被保険者制度は就労に対する中立性に欠けるばかりでなく、負担と給付の公平性にも欠けるという強い批判がある。
第3号被保険者個人単位で見れば、自らは保険料を負担せずに将来基礎年金を全額受給できる。そういうわけだから、国民年金保険料を夫と同額で負担している自営業者の妻や、被用者である第2号被保険者である女性達からすれば、何で見ず知らずの専業主婦に将来給付される基礎年金のために自分の所得の一部が移転されなければならないのか、不満を抱くのも理解できるだろう。
また、現行制度の設計上、第3号被保険者は負担なしで満額の基礎年金を受給できるから、負担していないという点で同じ立場にある国民年金保険料免除者が将来給付を減額されることや、負担能力の無い学生が負担を義務付けられていることとの整合性に欠けるという批判も成り立つ。
つまり、女性のライフスタイルが大きく変化した現状において、1985年の国民年金改正時に想定されたような第3号被保険者の専業主婦を包含する皆年金導入という制度趣旨が、もはや時代にそぐわなくなったのである。
では、どうするか。国民年金制度を応益負担に個人単位化して第3号被保険者の負担を調整するか、あるいは保険料免除者と同様に給付を調整(減額)するか。筆者が思うに、前者は第2号被保険者である扶養配偶者の給与から天引きしなければ恐らく未納の問題を引き起こすし、後者は老後の保障を不安にさせるという欠点がある。
今後検討すべきであると筆者が考えるのは、育児と介護期間中だけに第3号被保険者の適用対象を絞るという案だろうか。これならば、第3号被保険者制度の一律廃止というドラスティックな変化が引き起こす混乱を、ある程度緩和できるのではないだろうか。
最も根本的には、現行法上分立している厚生年金、国民年金および各共済組合制度(そして国庫負担、つまり租税)からそれぞれ基礎年金勘定に資金を拠出する枠組みを見直さなければ、応益負担の原則を貫いて公平性を担保することは難しいと筆者には思われる。
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