7月5日に行われたギリシャ国民投票の結果、EUの提示した財政緊縮策について、反対票が約61%、賛成票が約39%(投票率62.5%)で緊縮策反対が多数派を占めた。今日は、この結果から予見されるギリシャとEUの今後の行方について筆者の分析を述べる。
まず、今回のギリシャ問題の本質は、そもそも1991年1月1日に、ユーロが導入各国の金融政策だけを統合して各国個別の財政政策を統合しないままに導入された結果、ドイツや北欧諸国とギリシャなど南欧諸国の経済格差が当初想定されたようにコンバージ(収斂)出来なかったことにある。
本来ユーロの最適通貨圏を形成するためには、欧州の南北経済格差を収斂させる必要があったのだが、財政統合は最も重要な国家主権をEUに譲渡することを意味することから政治的リスクが大きすぎた。そのため、ユーロ圏の金融政策統合のみが先行して行われたという初期システム設計上の欠陥があったため、ギリシャに代表される南欧諸国の国債発行による外国からの資金調達コストが引き下げられ、そうした各国の財政健全化意欲が弱まって言わばモラルハザードを引き起こしたと言えるだろう。
この点、ギリシャのチプラス政権の対EU交渉姿勢は現在デフォルトも辞さない瀬戸際政策を取っており、ドイツなど債権国側から見ればモラルハザードそのものに映っているに違いない。
他方、ユーロ圏最大の債権国であるドイツにとっても、ユーロ導入によって自国通貨マルクからの通貨の減価によってかえって輸出が伸びたため、ドイツは世界最大の貿易黒字国となった。その豊富な資金を低金利でギリシャなど南欧諸国に投資してきた。
つまり、チプラス政権の最近の言わばモラルハザードは、ドイツなど債権国の潤沢な資金提供が根本原因の1つであったとも言える。特に南北の経済格差を収斂させるためには、生産性を高めるようなギリシャ国内産業に対する直接投資が必要であったが、ドイツなどの資金供給は公的部門や金融部門に対する非生産的な間接投資主体であったため、ギリシャの公的債務はどんどん拡大していったわけである。
ギリシャは先に述べたようにユーロ導入でリスクプレミアムなしの資金調達が可能になったと同時に、2004年夏にはアテネ五輪も開催したため、公務員削減や年金改革、徴税能力の向上などの構造改革が先送りにされ、国債金利も低下して利払い負担も軽減された結果、公的債務の削減意欲が失われていったのである。それが、今回のようなソブリン危機を招いたと言える。
実はギリシャは、国債利払いと償還費を除いた基礎的財政収支(プライマリーバランス)の均衡を既に達成しているため、デフォルトしてしまえば、国際金融市場からは締め出されるものの、大きな財政負担である利払い負担を一挙に無くすことが出来る。そういう思惑が、チプラス首相の強硬姿勢の背景にあるのかも知れないと筆者は考える。
今回の国民投票の結果を受けて、チプラス首相が債権国側の評判の悪いバルファキス財務相を辞任させることにより、ユーロ圏に残留したままEU側に債務を減免させ、ECBの緊急流動性支援額を拡大させるための交渉を有利に進めようというのが、恐らくギリシャ政府の基本的な作戦と思われる。
しかし、筆者の見立てではEU側、特にドイツはそういう妥協を頑なに拒否する可能性が高いと思う。なぜなら、先日の投稿で述べたとおり、ギリシャへの甘い対応が他の債務国へのモラルハザードの連鎖を引き起こしかねないし、ECBはそもそも厳格な財政規律と物価安定を重視する「ドイツ連銀神話」に基づいて設立された、ドイツ流の中央銀行なのである。
したがって、財政規律を一向に遵守しようとしないギリシャの態度はECBの設立理念に真っ向から対立しているし、ギリシャに財政規律を維持させるためには、ギリシャに緊縮財政を強いてデフレ政策を取らせるとともに、ドイツも政府と民間の支出を増やして賃金水準とインフレ率を高めることで、競争力を自ら引き下げてギリシャなど債務国の内需拡大に協力する姿勢を示す必要がある。これは、メルケル独首相にとっては政治的リスクが大きいだろう。自ら国際競争力を落とすことは、ドイツの国益に明らかに反するからだ。
やはり筆者が分析するところでは、今後ギリシャはデフォルトとユーロ離脱、そして銀行破綻を避けるための流動性確保の目的で独自通貨を導入する誘惑に抗しきれないのではないだろうか。当面注目すべきなのは、ECBの対応であるが、少なくともギリシャに対する緊急流動性支援額を増額する措置は取らないだろう。そうなれば、7月20日に控えるECB保有ギリシャ国債35億ユーロの償還をギリシャが出来るかどうかが次の焦点となるだろう。
もしギリシャが7月20日にECBに返済できなければ、いよいよギリシャのデフォルトとユーロ圏離脱が視野に入ってくるのではないだろうか。この頃にはユーロ圏債権団側も、ギリシャの地政学的重要性は配慮しつつも、却ってギリシャの円満なグレグジットを協議する姿勢を示すかもしれない。
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