6月8日、下村文部科学大臣が平成28年度から開始される国立大学改革プラン第3期中期目標計画の策定に関して、全国86の国立大学法人に対して教員養成系と人文社会科学系学部及び大学院の廃止と転換に取り組むことを通知した。今日はこの問題に関して、筆者の分析を述べたい。
まず、全国各地の国立大学の文系学部を廃止、再編すべきと聞くといかにも唐突な感じがするが、文科省の意図するところはそれほど単純な話ではない。それは、全ての国立大学に対して来年度からの運営費交付金の重点配分策による財政誘導を通じて「ミッションの再定義」を行わせ、それを踏まえた組織改革を促す目的があるからだ。
改革プランの工程表によると、平成25年から27年度の改革加速期間中に各国立大学のグローバル化とイノベーション機能の強化が定量的な指標等によって検証可能な形に明確化されると共に、学長が主導するガバナンス機能の強化や人事・給与システムの弾力化が進められることになっている。その結果、来年度から開始される第3期中期目標期間において、国際競争力のある高付加価値を生み出す国立大学に発展させる計画が謳われている。
いわば従来の大学が担ってきた教養教育よりも、企業社会の要請である利益を直ぐに生み出せるような即戦力の特に理工系人材育成を重点に置く教育制度に大学を改革しようという意図が、今回の文科相の要請の背景にある。
学長が主導するガバナンス機能強化や人事・給与システムの弾力化に関しても、文科省が国立大学に求めているのは企業的な経営合理化の手法を導入することに他ならない。
問題は、グローバル化とイノベーション機能の強化の担い手となる大学が、「世界最高の教育研究の展開拠点」「全国的な教育研究拠点」、そして「地域活性化の中核的拠点」という3つの枠組みに類型化されたうちの、「世界最高の教育研究の展開拠点」と想定された旧七帝大と筑波大学の8大学に限定され、その8つの大学に運営費交付金が重点配分されそうな気配があることだろう。
この8つの大学は、いずれも医学と理工系を中心とする研究大学である。その意味で、高付加価値を生み出すことに最も近い国立大学群であることに間違いない。他方、第3カテゴリーである「地域活性化の中核的拠点」は大都市圏を除く地方の国立大学の大部分が含まれると思われるが、これらの大学群に要請されているのは、地域のニーズに応じた人材育成拠点となることである。
この点で思い起こされるのが、経営共創基盤CEOの冨山和彦氏が提唱したグローバルな人材を育成する「G型」大学と、ローカルな人材に企業実務的な職業訓練を施すような「L型」大学に日本の大学を二分するという、文科省有識者懇談会での提言との考え方の類似性である。
冨山氏の考え方は以下の通りだ。大学進学率が5割を超え大衆化した日本の大学教育ではほとんどの学生が卒業後職業人となり、研究者になるのはほんの一部に過ぎない。ところが日本の大学教育は伝統的な一般教養主義に基づいて行われており、それは従来の日本型正規雇用制度の下では職場特有の技能教育を大卒一括採用で入社した後のOJTで実施していたため特段問題とならなかった。
しかし、昨今のICT化やグローバル化の進展の結果、企業固有スキルよりも業界横断的な汎用性スキルに習熟した即戦力の人材を産業界は求めているため、企業単位のOJTに依存するよりも公共的な大学教育でそうした職業訓練的な教育を行った方が合理的かつ効率的である、というものだ。
特に地域経済の中心であるサービス業では、簿記や会計に代表される様なジョブ型の実学に長けた人材が求められており、その教育を企業ではなく地方大学に担って貰おうという考え方である。
こうなると、地方大学のアカデミズムは今後否定されていくことに繋がりかねない。特に、少子化によってその存在意義が縮小している国立大学の教員養成系や、私立大学の教育によって十分代替可能である人文社会科学系の学部と大学院を廃止し、より実学的な学部と大学院に転換させるべきであるという結論が容易に導き出されるだろう。
さらに、「地域活性化の中核的拠点」たる地方国立大学の位置づけよりもっと中途半端なのが、第2カテゴリーの「全国的な教育研究拠点」たる国立大学である。筆者が資料を参照してみたところ、この第2カテゴリーには大都市部の有名文系国立大学などが含まれているようだ。
このカテゴリーの大学群に要請されているのは、「世界最高の教育研究の展開拠点」たる研究大学に要請される様な最先端の研究成果実用化によるイノベーションの創出でも、「地域活性化の中核的拠点」たる地方国立大学に求められる職業訓練的な人材育成でもなく、大学や学部の枠を超えた連携拠点の形成ということだ。
これは研究者の端くれである筆者の自分が考えても、最も実現困難な要請だろう。特に文系研究者の多くは自分の研究領域である比較的狭い世界に生息しているため、医学や理工系の研究者のような大学や学部の枠を超えた連携拠点を形成することなど、ほとんど想定の範囲外と言えるからだ。
したがって、第2カテゴリーの大学群が今後最も存続の危機に見舞われるようになると、筆者は考えている。このカテゴリーに属すると思われる大学群の提示している「ミッションの再定義」案を見ても、具体的には学生に対する短期語学留学制度やアクティブラーニング(課題研究やプレゼンテーションなどの能動的学習)、ICT教育の充実などが謳われているだけで、それで国際あるいは全国規模の連携研究の拠点を作れるかどうかについては、筆者には甚だ疑問に思われる。むしろ、国内外から招聘する研究者に対して思い切った高待遇を提示できるような柔軟な予算措置を講じることなどが、連携拠点の形成には必要となるのではないだろうか。
国立大学改革プラン第3期中期目標計画の行方は、大学だけでなく、入試を受ける受験生にも多大な影響を及ぼすだろう。地方出身の最も学力が高い受験生達は、旧帝大系の医学部や理工系学部を今後益々集中的に目指すようになるだろう。大都市部の有力文系国立大学と各地方国立大学は、日本の高度経済成長期に担ってきた企業エリート養成の役割を大都市部の有名私立大学にさらに代替されていくことが想定できる。
そうなると、国立大学の医学系や理工系、文系では大都市部の有名私立大学の高い学費を支払うことのできる裕福な親に恵まれた一部の受験生達が、大学受験においてもなお一層有利な立場を築くのではないだろうか。学力格差と親の裕福度の相関関係が、日本でさらに強まると筆者は見立てている。
0 件のコメント:
コメントを投稿