2015年9月9日水曜日

欧州難民危機問題の本質は、理想と制度とレアルポリティークの相克である。

  8月から9月にかけて、シリアやアフガニスタンなどの紛争地帯からバルカン半島を北上してEU圏に流入した難民の、人道上悲惨な状況がクローズアップされて報じられている。今日はこの問題に関する筆者の現状分析を述べてみたい。

 まず、トルコからEU加盟国であるギリシャに渡り、そこから陸路バルカン半島を北上してハンガリーで再びEU圏内に入るルートが今回難民危機として問題になっている。

 だが、この陸路からの難民流入ルートが活発になったのは、せいぜい今年の後半になってからの事である。それまでEU各国が注目していたのは、北アフリカのリビアから海路イタリアやマルタに渡航する地中海経由のルートであった。

 特に、2013103日にイタリア南端部に位置するランペドゥーザ島沖で発生した悲惨な海難事故の結果が、EU各国の直接の取り組み強化の契機となったのである。この「ランペドゥーザの悲劇」は、リビアのミスラタ港からエリトリアやソマリア難民など500人以上を乗せ出港したトロール漁船が火災を起こして沈没し、366人の死者を出した事故であった。

 したがって、今年前半までは直接の当事国であるイタリアなどで深刻な問題と認識されていたのは、むしろ地中海経由の難民流入対策であった。危険な密航を仲介する悪徳業者の取り締まりと、海難救助体制の整備や海上パトロールの強化がむしろ中心的に議論されていたのである。

 今回問題となっているトルコ、ギリシャ経由陸路での難民流入に大きな危機感を抱いているのは、EU加盟国でないバルカン半島諸国、例えばセルビアやクロアチアと国境を接するEU加盟国のハンガリーである。

 イギリスとアイルランドを除くEU加盟国とスイス、ノルウェー、そしてアイスランドの3カ国は、国境管理を相互に廃止して人の自由な移動を認めたシェンゲン協定(1997年アムステルダム条約でEU法体系として保障、1999年発効)の加盟国である。

 したがって、ハンガリーはシェンゲン領域の最前線に位置しており、陸路バルカン半島をギリシャ国内から北上してきた難民たちは、一旦ハンガリーに密入国することさえ出来れば、以後はパスポート・コントロールをされることなく、経済的に豊かなドイツやフランスに移動することが可能になる。

 そして、現行のEU難民政策のルール(ダブリンⅡ規則)では、原則としてその難民が最初に入国した加盟国で難民申請を受け付け、難民審査を実施しなければならないことになっている。陸路での難民流入は今年夏までに16万人以上に急増した(昨年は4万人強だった)ため、ハンガリー国内の受け入れ態勢は既にパンク状態であり、今夏以降ハンガリー政府はセルビアとの国境線に柵を設けて難民流入を阻止しようとしたのである。

 問題は、ハンガリー政府の今回の政策を人道上非難出来るかどうかという、理想主義だけでは、本質的に何も解決しないことだ。ハンガリーに密入国してくる難民たちは本当に難民に該当し、不法な経済移民ではないのか、その選別がなかなか困難なのである。

 国内の報道では、難民と不法移民の区別が必ずしも明白になされていないように筆者は感じている。本当に不法越境者が「難民」であるならば、国際法(難民条約)上、迫害が予想される国や地域に追放や強制送還しないというノン・ルフールマンの原則が該当するが、経済的意図を持つ不法移民であるならば、むしろ本国に強制送還しなければならないことになる。

そして、ハンガリーのオルバーン首相は現状のバルカン諸国からの越境者を「不法移民」と位置付けて、建前上排除する立場を表明しているわけである。

 筆者が思うに、実の所ハンガリーのオルバーン首相としては、この「難民」か、あるいは「移民」たちを国内からオーストリアに追いやって、最終的にはドイツに引き受けさせようとしているように見える。EUの理想と制度上の矛盾に対して難民申請を拒否して国外に移送する措置は、彼の国内政治における人気取りの材料として強調され過ぎているのではないだろうか。

 実際、ハンガリーに流入した難民か移民たちにしても、最終目的地はハンガリーなどではなく、経済的に豊かなドイツやフランスなど西欧諸国なのであるから、オーストリアにむしろ移送されることを積極的に望んでいるだろう。

 結局それは、ハンガリー政府としても厄介な難民申請問題をEUのルールを無視して体よく回避することに他ならないから、却って好都合であるに違いない。

 つまり、ここではハンガリー政府と難民サイドの双方にドイツ語で言うところのレアルポィティークの原則が働いているのであって、それは単なる人道上の理想やEUの制度が齟齬を来していることだけが問題の本質ではないように筆者には思われてならない。

 もちろん、今秋以降、独仏両国が主張するように、EU加盟国やその他の先進国を巻き込んだ、経済力その他を考慮した上での難民受け入れの公平な割り当てが協議されなければならないことは確かであろう。

既に、これまで難民受け入れに消極的であったイギリスのキャメロン首相やオーストラリアのアボット首相が、それぞれシリア難民(英国は2万人、豪国は12千人)の新規受け入れを表明している。この両首相の政策転換は、国内外において人道上の非難を受けることに一定の配慮をした結果であろう。

 ちなみに我が日本国は、アムネスティ・インターナショナルの報告書『見捨てられたシリア難民』(201412月)のデータによると、2014年11月末までにシリア難民の申請を受理した数はわずか61件で、難民認定された数は0だそうである(ただし、国連の人道支援要請に対して、日本が約94百万ドルを拠出している事実と、人道的配慮による在留特別許可が認められたシリア難民が2013年に26人、2014年11月末までに12人いる点は付記しておこう)。

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