9月8日、司法試験考査委員として憲法の論文および短答試験の問題作成に当たった明治大学法科大学院教授が、好意を持った女性修了者の受験生に問題を漏洩したとして、国家公務員法上の守秘義務違反の容疑で東京地検特捜部に告発された。
実は筆者の姪も、本年度司法試験で合格率首位であった法科大学院を持つ一橋大学の現在法学部三年生で、同大学の法科大学院に入学して司法試験を目指すと言っている。したがって、筆者も常々司法試験と法科大学院の問題に関心を抱いて見てきたが、今回の考査委員自身による私情による問題漏洩事件の発覚は、正に制度の根幹を揺るがしかねない事態と言っても過言ではないだろう。
さて、今回の漏洩問題の本質を一言で論評すれば、法科大学院の司法試験予備校化が招いた結果と言えるだろう。本年度司法試験の合格率は23.1%で合格者は1850人、そのうち法科大学院修了資格を経ない予備試験経由の合格者が186人(受験者301人)で、その合格率は61.79%で法科大学院首位の一橋大学の55.6%を上回っている。
したがって、現在の日本の司法試験はもはや欧米の司法試験のような純粋な資格試験では無く、司法研修所入所資格を得るための一種の競争試験と化してしまっている。そして、法科大学院を経ない予備試験経由が、事実上の法曹エリート・コースとして存在していることになるだろう。
こんな現状で法科大学院進学を姪に勧めることは、若者の将来を狭めるリスクが大きすぎて、筆者にはとても出来ないと考える。どう考えても、新司法試験と法科大学院制度には、創設当初から設計上の根本的なミスが有ったとしか思えない。
筆者の調べた限りでは、日本のように法科大学院の設置数と募集定員数を拡大して入り口での選抜機能を緩やかにし、逆に司法試験の合格率を絞ることで出口での選抜を厳しくする制度を採用している外国は、世界中にほとんど無かった。
それは多分、法曹を目指す若者の適性をなるべく早期に判定することによって、無駄な教育投資の機会が増大することを回避するとともに、ロースクールの教育が司法試験予備校化して形骸化することを各国とも恐れたためではないだろうか。
今回の明大大学院教授の漏洩のケースでは女子学生に対する個人的好意が直接の引き金であったようだから、司法試験の予備校化と漏洩とは一見無関係であるように見えるが、筆者には制度設計上の欠陥として、出口である司法試験で法曹適性判断を行う現行制度を維持する以上、今後も同様の問題が生じる危険性は大きいと考える。個々の法科大学院にとっては、司法試験合格率と合格者数を向上させることこそが、その生き残りにとって最大の課題になることが避けられないからである。
大体において、法学部4年の教育に重ねて法科大学院2年の教育を上乗せする現行の既修者入学制度は、いかにも教育期間が長すぎて、就職での新卒者一括雇用制度を採用している我が国では、若者の就職機会を事実上狭めるリスキーな選択を強いる結果をもたらす。
加えて日本の場合、司法試験合格によって法曹資格を得られるわけではなく、さらに司法研修所での1年間の教育を経た後に二回試験に合格して初めて法曹資格を得られる、言わば三段階構造となっている。これでは、大学法学部を卒業した若者は、よほど実家が裕福で恵まれた立場にいない限り、それこそ人生をかけて司法試験に挑戦せざるを得ないことになってしまうだろう。
したがって、司法試験と法科大学院制度は、この際抜本的に見直す必要があると筆者には思われる。具体的には、入口を絞って出口を広げるための制度改革である。
まず、非常にドラスティックな提案だが、現状で合格率が20%に達しない法科大学院は全て廃止すべきだろう。その代り、法科大学院を設置できる大学には法学部を廃止してもらう。実際、韓国では大学側の猛反対を押し切って、こうした入口を絞る制度を採用している。ただ、日本で東大法学部を廃止することは、明治時代以来担ってきたそのエリート官僚養成機能を捨て去ることを意味するから、恐らくOB・OG等から猛反対が起きるであろうが。
そして、予備試験は残しても良いが、総定員を2千人位に絞った法科大学院での履修期間は、既修未修問わず一律2年間に統一する。司法試験については、アメリカのBar examinationと同様に、合格者を絞らない純粋な資格試験として夏冬に年2回行うこととする。
司法試験の出題は、短答式で法曹として最低限必要な基礎力を問うとともに、論文試験では資料とパソコンを持込み可能として、従来の暗記力と知識を問う問題ではなく、受験者の実務的な能力を直接問う課題に解答させる形式で実施する。
筆者のこの提案は、ほとんどニューヨーク州やカリフォルニア州のBar examinationを模倣した司法試験制度なのであるが、こうすれば、学生が法科大学院で過剰な司法試験対策に駆り立てられる必要も無くなるし、法科大学院が司法試験予備校化する必然性も無くなるだろう。
第一、司法試験が現状より相当易化するから、法科大学院修了者は、2年以内くらいにはほぼ全員が司法試験に合格できるようになるだろう。司法試験対策は、法科大学院修了後に予備校で2か月程度学生が自主的にやれば足りるだろう(これもアメリカと同じである)。
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