2015年6月3日水曜日

イランとの核交渉に関する「共同行動計画」(ジュネーブ暫定合意)に対する評価

  2013年11月24日イランとP5プラス1(国連安保理常任理事国5カ国とドイツ)の間で妥結されたジュネーブ暫定合意による「合同行動計画」の内容は多岐にわたるが、イランから引き出すべき譲歩における重要なポイントは、イランの核爆弾製造を促進しかねない5パーセントを超えるウラン濃縮活動をどの程度停止させるか(論点1)という点と、プルトニウム抽出疑惑がもたれているアラク重水炉を稼働させるかどうか(論点2)という2つの点であった[1]

 論点1については、以下の3つの譲歩がイラン側によって合意された。すなわち、まず第1に、イランがすでに保有している医療用と主張する純度20パーセントの濃縮ウランを兵器化できない酸化物に転換するか、あるいは純度水準を何分の1かに希釈すること。第2に、5パーセントを超える純度にウランを濃縮できる遠心分離機を遮断すること。第3に、イランはいかなる新しい遠心分離機も設置せず、旧式の遠心分離機を新しい装置に転換しないこと。同時に、イラン国内にある濃縮施設の数を増やさないこと、である[2]

 この譲歩によって、イランは純度5パーセントを超えるウラン濃縮活動を、短くとも暫定合意の有効期間である6か月間は全面的に停止する義務を負ったことになる。ただし、その見返りとしてP5+1は(NPT4条によって認められた)イランが平和的な原子力にアクセスする権利を承認したのである[3]。この承認に対する評価が、後述するようにイスラエル国内で割れている問題がある。

 次に、論点2のアラク重水炉の稼働問題については、イラン側は暫定合意の期間中、同重水炉での作業を一切進展させないことを約束した[4]。ただし、逆に言うと、イランは暫定合意期間の半年間、アラクの重水炉を廃棄ないし廃棄を開始しないという言質をP5+1から得たことになる。アラクでイランが建設中の重水炉の取り扱いについては、フランスが協議の過程において非軍事利用での合理性を欠くものとしてイラン側に全面的な解体を要求し、アメリカもこれに同調したため、イラン側がこの要求に対する譲歩として同重水炉に対するIAEAの査察の大幅強化を受け入れるとともに、暫定合意期間中に稼働させないことを約束した経緯があった[5]

 P5+1側が認めた経済制裁緩和は、約60~70億ドルのイランに対する救済措置に相当するものである。その主要な内容は、イランの石油化学輸出品と金・貴金属取引に関する制裁の停止、イラン自動車産業に影響する制裁の大半の停止、レーダーなど軍事関連部品を除く航空機部品に対する制裁の緩和、海外からの送金が停止されている原油輸出代金約42億ドルをイランが受領できるように欧米諸国が作業を開始すること、そして、制限されているイランの資金について、欧米側の一定の監視の下で医療機器の購入など人道目的のためにイランがアクセスできるよう改善すること、である[6]

 ジュネーブ暫定合意については、その内容を肯定的に評価する意見と、その効果を懐疑的に見る意見がイスラエル国内で対立している。まず肯定的な意見としては、例えば、シモン・ペレス元首相やアモス・ヤドリン前軍情報部長が今後半年間にP5+1とイランが交渉で詰める恒久的合意の詳細の方を重視して、ジュネーブ暫定合意を一定の成果と見なす意見がある[7]

 これは、イランのブレイク・アウト(暫定合意離脱)、すなわち、イランが兵器級のウラン濃縮を再開する決断を選択した場合には暫定合意がない場合よりも数週間ないし数か月間長い期間を必要とすることから、国際社会が時間を稼ぐことができるとともに、イランの合意離脱の試みを察知することができるとする、P5+1側の評価をほぼ承認する見解である。

 一方、懐疑論としては、例えば、ネタニヤフ首相がジュネーブ暫定合意を「歴史的な失敗」と非難した20131124日の閣議の席で、アヴィグドール・リーバーマン外相が、ジュネーブ暫定合意について「1979年のイスラーム革命以来となる、イランの大いなる外交的勝利である」と語ったとされる[8]

 このジュネーブ暫定合意をめぐる是非の論争は、ネタニヤフ現政権の採用してきた対イラン強硬政策の効果の有無と、外交を中心として今後イスラエルの採るべき政策オプションを変更するかどうかの論点に及んでいる。従来の政策を肯定する意見として、例えばINSS研究員のヨエル・グザンスキーは、イランに与えたネタニヤフ政権の脅威と抑止的行動の結果、イランが協議のテーブルに着く決断をしたと見なして評価している[9]

 一方、ネタニヤフ政権の従来の政策が失敗した点として、過度にアメリカのオバマ政権などと対立的になりすぎたために、イランではなくむしろイスラエルの国際的な孤立を招いてしまい、現状で味方はサウジアラビアと米国議会だけになってしまったと評価する見方もある[10]

 しかし、いずれの立場に立つにせよ、P5+1とイランの今後の交渉でもたらされるはずの最終合意において、イランのウラン濃縮計画を廃棄させない限りイスラエルにとって実存的脅威となるとする点で双方の考えは一致している[11]。イスラエル国内では、核開発を放置すればイランが核武装に向かうことは必然であると見なされているのである[12]

 そうした現状の共通認識を踏まえて、イスラエルの外交・安全保障コミュニティにおいては、2009年の政権発足以来ネタニヤフ首相を中心に展開してきた対イラン強硬姿勢のアピールが、今回のジュネーブでの協議の過程でほとんど影響を及ぼさなかった点が反省されつつある。


[1] “Iran nuclear deal: Key points,” BBC News Middle East, 20 January 2014, <http://www.bbc.com/news/world-middle-east-25080217>, accessed on 17 March 2014.
[2] Ibid.
[3] Jonathan Marcus, “Pessimism pervades Iran nuclear deal talks,” BBC News Middle East, 18 February 2014, <http://www.bbc.com/news/world-middle-east-26243520>, accessed on 17 March 2014.
[4] Ibid.
[5] 「欧米とイラン、核協議で合意―核兵器級のウラン濃縮停止」『ウォール・ストリート・ジャーナル』日本語ウェブ版、20131125日、<http://jp.wsj.com/article/SB10001424052702303735804579218651491373932.html>2014312日アクセス。
[6] 「イランと主要6カ国の核協議の合意内容」『ウォール・ストリート・ジャーナル』日本語ウェブ版、20131125日、<http://jp.wsj.com/article/SB10001424052702303735804579218580728133324.html>2014312日アクセス。
[7] 「イスラエルで外交路線めぐる論争―イラン核協議の合意受け」『ウォール・ストリート・ジャーナル』日本語ウェブ版、20131125日。
[8] 同上。“‘Historic mistake’: Netanyahu says world is 'more dangerous place' after Iran deal,” Russia Today, November 24, 2013.
[9] 「イスラエルで外交路線めぐる論争―イラン核協議の合意受け」『ウォール・ストリート・ジャーナル』日本語ウェブ版、20131125日。
[10] 同上。
[11] 同上。
[12] Shmuel Even, "The Israeli Strategy against the Iranian Nuclear Project," p. 8.

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