2015年5月21日木曜日

パルミラ遺跡がISISに破壊される危機について

 ロンドンの「シリア人権監視団」のリポートによると、5月13日からシリア政府軍とISIS武装勢力が戦闘を続けていたシリア砂漠内の交通の要衝、タドモール中心部が20日、ISISに制圧されたとのことだ。政府軍は、その一部を残して後方に撤退した模様である。

 このタドモールという街は、ISISが抑えている東部ユーフラテス川沿いの都市デリゾールと首都ダマスカス、さらにデリゾールとホムスという、これも交通の要衝である都市とを結ぶ砂漠中の結節点であるオアシスに位置している。その戦略的な重要性から、両軍が1週間にわたって激しい争奪戦を繰り広げたわけである。

 実は、1980年ユネスコの世界遺産に登録された、シリア国内第一の観光資源であるパルミラ遺跡は、このタドモールの街のすぐ南西に位置している。市街地から、遺跡の中心部まで歩いて行ける程の距離しか離れていない。

 これまでもISISは、イラク国内にある古代アッシリア時代の重要遺跡であるニムルド遺跡やモスル博物館の彫像を、イスラーム以前の偶像を破壊すると称して壊したり、遺物を売却する盗掘ビジネスでその活動資金を稼いできた。

 パルミラ遺跡にISISがもし侵入したら、この貴重な世界遺産が破壊され、重要な彫像類が持ち出されて売り飛ばされてしまうだろう。もしそうなれば、アフガニスタンのタリバーンが、かつてバーミヤンの大仏を爆破した時以上の世界史的な大損害となるだろう。

 というのも、パルミラには世界一と言っても過言でない程に保存状態が良好な、紀元2から3世紀のローマ帝国期の石でできた大モニュメントが多数残存しているからだ。例えば、遺跡中心部を貫く大列柱道路と、その中心にある四面門(Tetrapylon)は夕日に映えて実に見事である。観光用ラクダに乗って、往復することもできる。

 列柱道路の周辺には、巨大なベル(古代セム系民族に最も崇拝された豊穣神バールのこと。レバノンのベッカー高原にあるバールベックでも有名)を祀る大神殿や、ほぼ当時のままに残っている円形劇場やアゴラ(取引場)の遺跡を見ることができる。

 これだけ見事な保存状態を維持しているローマ時代の隊商都市の遺跡は、他には、パルミラ繁栄以前にアラビア半島とシリアとの交易路の中心都市であった、ヨルダンのぺトラ(こちらは、映画「インディ・ジョーンズ」で有名な)遺跡位であろう。

 ちなみに中東で最も有名な古代遺跡3Pとは、パルミラ、ぺトラと、アレクサンドロス大王に焼き払われた古代アケメネス朝ペルシャ帝国時代のイランにある宮殿遺跡ペルセポリスの、頭文字の3つのPを並称したものだ。

 パルミラには、遺跡中心部の西方に「墓の谷」があって、そこにあるエラベール家という古代富豪の塔墓は、登ると非常に眺望が良く、また壁画が綺麗に描かれている三兄弟の地下墓室といった見所もある。近くの岩山の上には、アラブ城があって、ここは遺跡全体を見下ろすことができる絶好の撮影スポットである。

 今から思えば、内戦勃発前の2010年夏に、家族を連れてシリアとヨルダン両国を旅行しておいて本当に良かったと思う。ヨルダンのぺトラ遺跡見学と死海での浮遊体験は、またいつかできるだろうが、ISISに破壊されてしまったら、パルミラ遺跡を二度と見ることができないかもしれない。かつて自分が赴任していた懐かしいダマスカス旧市街へも、シリアの内戦が終わるまで、再び行くことはできないだろう。

 アメリカ軍は、ISISをもっと激しく空爆してでも、パルミラ周辺部から是非追い出してもらいたいと思う。

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