2015年4月24日金曜日

新卒3年以内に辞める新人に関する考察(補論)

 4月21日に投稿した「新卒3年以内に辞める新人に関する考察」について、筆者は、終身雇用と年功序列を否定する以上、政府と企業が若者の雇用の流動性選好を織り込んで対策を講じるべきであると論じた。

 しかし、論旨がやや舌足らずであったために、筆者が竹中平蔵氏や政府の産業競争力会議が議論しているような、雇用の流動性を高めるために正社員に対する「解雇規制緩和」や「限定正社員」制度を導入することに賛成していると読者に誤解される恐れがあることに気付いた。そこで、この投稿で論点を改めて整理し、筆者の主張をより明確にしたいと思う。

 まず前提として、社員が退職する理由には、自発的なものと非自発的・消極的な場合がある。後者は言うまでもなく、不況期に起きる整理解雇や退職斡旋のケースだ。新卒3年以内に辞める新人のケースは無論そうではなく、前者の自発的退職である。同じ、雇用の流動性に関わる論点であるとしても、両者に対する施策の方針を立てる場合、その前提が全く異なっていることに注意しなければならない。

 第一に、正社員に対する解雇規制を緩和することによって、従来非正規社員が専らコストを負担していた、不況期の「雇用の調整弁」の役割が正社員に拡大されることは間違いないだろう。その結果もたらされるのは、恐らく失業率の上昇と労働者報酬が顕著に下がることだろう。そのため、正社員時代に培われた労働者の能力や技能、意欲が失業期間の長期化に伴って次第に劣化し、長期的に見ると日本経済全体の成長を妨げる要因となるだろう。解雇規制の緩和によって非正規社員の雇用が改善するという主張も、眉唾に思われる。正社員の身分が不安定になることと、非正規社員の待遇が改善されることとの間に論理的な結びつきがないからだ。

 次に、職種や労働時間、勤務地を限定する、いわゆる「限定正社員」制度の創設も、多様なワーク・ライフバランスの実現につながるかどうか明確ではない。不況下においては、限定正社員は、労働契約法第16条と判例に基づく「解雇権濫用の法理」の対象外に多分弾き出されるだろう。企業が解雇しやすい正社員を、新たに生み出すだけの結果となりかねない。

 このように、雇用の流動性を高めるために解雇規制を緩和すると、筆者の考えでは、失業率が高まるとともに労働者報酬が下がって個人消費が伸び悩み、かえって経済成長を妨げる結果を導くと思う。だから、解雇規制緩和によって雇用の流動性を高めようとする施策に、筆者は明確に反対する。
 
 それに、OECDの雇用保護指標(EPL Indicators 2013)によると、日本の指標はアメリカの指標よりは高い(つまり、労働者がより強く保護されている)が、OECD全体の平均よりは低く、むしろ解雇しやすい国なのである。それゆえ、敢えて解雇規制を緩和する必要はないと言えるだろう。

 理論的には、労働市場が流動化していればスムーズな労働移動が可能であるため、失業期間が短縮され、報酬が顕著に下がることもないはずである。しかし、解雇という消極的離職の場合には、労働市場流動化の悪影響として、短期的な失業率の上昇は避けられない。したがって、長期失業率を高止まりさせないためには、十分な失業保険給付に加えて職業訓練や再就職の斡旋といったセイフティーネットを拡充させる必要がある。また、政府が積極的な労働市場政策を推進しなければならないだろう。そうした議論を抜きにして、解雇規制緩和や限定正社員だけを論じても、経済成長は決して実現できないだろう。

 4月21日の投稿で筆者が主張したのは、新卒3年以内に辞めてしまう新人のような自発的退職のケースでは、社員教育に頼るよりもむしろ、今後は新卒者に対するキャリア形成の内発的動機付けを重視することによって、今の若者達のインセンティブを高めることができ、長期雇用が実現可能なのではないかという点にある。アメリカ並みとはいかないまでも、今後は日本企業も職務範囲を少し明確にして、終身雇用と年功序列時代の滅私奉公システムから抜け出すべきだと主張したかったわけである。

 安倍政権が雇用制度改革として打ち出した、「成熟産業から成長産業への失業なき労働移動」はもっともな主張であるが、解雇規制緩和や金銭による解雇を安易に容認することには、筆者はむしろ反対なのである。

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