ISIS (The Islamic State of Iraq and Syria)の強みと弱みを客観的に分析すれば、概ね以下のとおりである。
しかし、本当に彼らが脅威であるのは、彼らが「カリフ国」の復活を宣言して、30年戦争後のウェストファリア体制以後確立されてきた主権国家をプレイヤーとする既存の国際安保秩序に、強烈なアンチテーゼを投げかけていることだ。
よく言われるように、国家の三要素は、国民、領土、そして主権であるが、その前提となるのは国境線の安定である。しかし、ISISは第一次世界大戦中の1916年5月16日にイギリス、フランス、ロシアの三国間で終戦後のオスマン帝国領分割を密約した、いわゆるサイクス・ピコ協定(Sykes-Picot Agreement)の結果生まれた地域主権国家体制を覆すことを目標に掲げている。
それゆえにアメリカの率いる有志連合が、躍起になってISISを攻撃しているわけだ。シリアやイラクのような既存の主権国家が解体されてしまっては、欧米が中東のみならず、グローバルな安全保障秩序を管理できなくなるからである。
逆にその点にこそ、ムスリムのみならず世界中の不満分子がISISに共鳴する、本質的な要因がある。つまり、現状に不満であるからこそ既存の秩序をぶち壊したいという、人間の実存的な欲求を満たしてくれるかもしれないという「幻想」を、SNSを通じてISISが潤沢に提供しているのである。
そして、困ったことに、ISISが少なくともシリアとイラクの領土の一部を切り取ることに成功して、彼らの母体であるアルカーイダのような根なし草の国際テロ組織になっていないことが問題の解決を一層困難にしている。
さて、このようなISISの強みをいくつかを列挙すると、次のようになる。
(1) 戦闘員の多様性と豊富なリクルート源の存在
ISISの総兵力は約2万から3万1千人と見積もられており、イラク政府軍やペシュメルガと比較して必ずしも多いわけではない。しかし、2014年にイラクやシリアの政府軍から奪った兵器のうちには戦車や重火器、地対空ミサイル等の最新兵器が含まれているため、一部の戦力が重武装している点で敵対する他の武装勢力より比較優位に立っているとは言えるだろう。
戦闘員の構成のほぼ半数である約1万5千人が外国人であると見なされている。ISISだけではないが、2014年9月時点でシリアとイラクで戦闘に参加している外国人は総計1万1千から2千人の間で、そのうちチュニジアからが最多の約3000人、サウジアラビアから約2500人、英国籍者が500人以上で、欧米出身者が全体で3000人以上を占めていると言われる(Mohanad Hashim, “Iraq and Syria: Who are the foreign fighters?,” BBC News Middle East, 3 September 2014, <http://www.bbc.com/news/world-middle-east-29043331>, accessed on February 25, 2015.)。
中にはチェチェンやボスニアの戦闘で豊富な経験を積んだ戦士も、ISISに含まれている。彼ら外国人戦闘員がイラクとシリアでの戦闘経験を積んだ後に本国に帰国した場合、いわゆるホームグロウン・テロの脅威が一挙に高まるだろう。
ISIS軍事部門で特筆すべき点は、サッダーム・フセイン時代の旧イラク軍の大隊および中隊指揮官レベルの元将校が多数参加しており、彼らの作戦指揮と統制能力の優越性が、特にイラクにおけるISIS支配領域の拡大に寄与していると考えられることである。
中東北アフリカ全域にISISに関連する細胞組織が増加している兆候があり、特にリビアではカダフィー政権崩壊後の世俗派とイスラーム主義者との権力闘争による事実上の内戦状態が続く混乱に乗じて、ISISの分派が東部デルナや中部シルトに進出している。ISIS分派「ISトリポリ州」は2015年1月27日、首都トリポリの高級ホテルを襲撃して9人を殺害した。
また2015年2月15日、ISIS分派は、人質にしていたキリスト教の一派コプト教徒のエジプト人労働者21人を殺害したとする動画をネットに公開した。その報復のため、エジプト軍が翌16日、隣国リビアのISIS関連組織の拠点を空爆したのは記憶に新しい。エジプトでは、1月29日に北部シナイ半島の軍事基地や警察署がISIS分派に襲撃され死者が出たことから、ISIS分派に対する掃討作戦が継続している。
また2015年2月15日、ISIS分派は、人質にしていたキリスト教の一派コプト教徒のエジプト人労働者21人を殺害したとする動画をネットに公開した。その報復のため、エジプト軍が翌16日、隣国リビアのISIS関連組織の拠点を空爆したのは記憶に新しい。エジプトでは、1月29日に北部シナイ半島の軍事基地や警察署がISIS分派に襲撃され死者が出たことから、ISIS分派に対する掃討作戦が継続している。
(2) 一定の領域を実効支配し、活動資金を独自に調達できること
ISISは、2014年8月の最盛期の時点で、シリア国土の約三分の一、イラク国土の約四分の一の領域を支配下に置き、少なくとも800万人の住民を恐怖政治によって統治しているとされる。住民に対してシャリーアを厳格に適用しており、ISISが首都とするラッカなどでは宗教警察が市内を周回して違反を監視している。
2015年1月12日には禁止されたサッカー観戦をしただけの少年13人を銃殺で公開処刑した。また、ISISは奴隷制度の復活を公言している。2014年9月1日、国連人権理事会は、ISISの行為を戦争犯罪や人道に対する罪にあたると非難する決議を全会一致で採択した。
従来、ISISの資金調達は、専らペルシャ湾岸諸国等の裕福なシンパから得た寄付によっていたとされる。しかし、2014年8月からは支配地を獲得したことにより、住民や異教徒に対する課税や手数料の徴収、現金を銀行から収奪する手段の他、人質の身代金ビジネスと遺跡からの略奪、公定価格からダンピングした価格設定による石油の密売等の非合法手段によって、ISISには、1日当たり約300万ドルの収入があると見積もられていた。
(3) 統治能力を持つイラクの元バース党員と、宣伝工作に長けた技術者等の専門家を抱えていること
ISISのカリフと称するバグダーディーは、恐らく精神的な指導者として最高の意思決定に関与しており、実務はその下にいる元イラク・バース党幹部達が担当していると思われる。その意味では、ある種の官僚機構をISISは保有しており、元イラク軍将校を多数抱えていると言われる戦闘部隊の存在と合わせて、ISISが、アルカーイダ等従来のイスラーム過激派組織とは質の異なる疑似国家組織であることは間違いないだろう。
また、ISISの際立った特徴として、SNS(social networking service)や動画共有サイトに自分達の活動内容を洗練された形式を用いて多言語で発信することにより、世界中の現状不満分子を自分達のシンパや戦闘員としてリクルートすることに成功していることが挙げられる。
こうした宣伝工作に長けた専門家を抱えていることによって、ISISはアルカーイダに代るイスラーム過激派の代表組織と見なされつつある。さらに各国のマスメディアが、ISISの脅威について彼らが作成した動画を用いて盛んに報道するため、ISISの宣伝工作が相乗効果を持って拡散している現状が出来上がっている。
それでは、逆にISISの弱みはどの点にあるか。
(1) 敵対勢力に周囲を全て包囲されていること
軍事的には、これがISIS最大の弱みであろう。特に米軍の対ISIS支配地への空爆が始まってから、油田地帯の石油施設が破壊されたこと、また、同時期に原油価格が下落し続けたことによって、ISISの獲得する石油密売収入は大幅に減少したと思われる。軍事施設や戦車、重火器の損害も相当大きいだろう。
2015年1月26日、クルド人民防衛隊YPGによってシリア北部の街コバニから駆逐されて以来、シリアとイラク両国のISIS支配領域は次第に狭まりつつある。現状では、アメリカの率いる有志連合による空爆とクルド人地上部隊等が連携した対ISIS軍事作戦は象徴的な成果を上げたに過ぎないが、軍事的な意味でのISISの退潮は明白である。
2015年春には、イラクにおいて政府軍とペシュメルガによってISISからモースルを奪還する作戦が実施される予定である。もしもISISがモースルから撤退することになれば、ISISにとってイラクにおける決定的な敗北を意味するだろう。
2015年春には、イラクにおいて政府軍とペシュメルガによってISISからモースルを奪還する作戦が実施される予定である。もしもISISがモースルから撤退することになれば、ISISにとってイラクにおける決定的な敗北を意味するだろう。
(2) 統治の正統性が認められないこと
2015年2月現在、ISISを国家承認あるいは外交的に承認している国家は1つもない。もちろん、今後承認する国家が現れる見通しも全くない。エジプトのスンナ派最高権威機関であるアズハルは、2014年9月、メディアに対してイスラームを悪用するISISを「イスラーム国」と報道することはイスラームに対して不当であるとして、「イスラーム国」の名称を使用しないよう海外メディアに求める声明を発表した。
このように、ISISによるシリアおよびイラクの統治と「カリフ国」の存在については、国際社会とスンナ派最高権威機関の双方が、その正統性を明確に否定している。敬虔なスンナ派宗徒は、ISではなく、アラビア語名の頭文字を取って否定的な響きを持つダーイシュ(Da’ish)とISISを呼ぶことが多い。統治の正統性がないということは、ISISが支配地住民の共感や支持を得ることを困難にする他、いったん戦況が不利となった場合にISIS戦闘員の離反を増大させる結果をもたらすだろう。
(3) 支配領域の広大さと比べて人材が不足し、統一性がなく団結できないこと
ISISにイラクの元バース党員が多数抱え込まれているとはいえ、支配地全てに必要な人材を配置する余力は恐らくない。地理的にもISIS実効支配エリアはシリアとイラクの国境線にまたがる人口希薄な砂漠地帯を多く含んでおり、人口が集中する都市はユーフラテス川とティグリス川流域に点在している状態にある。
したがって、ISISの実効支配はエリア毎に分散することにならざるを得ない。その上ISISの成り立ちから、組織の構成メンバーの母国や出身母体が極めて多様なハイブリッド組織であるため、資金が枯渇すれば直ちに内紛が生じる危険を孕んでいる。ISISは母体がAQIである以上、そもそも分裂しやすく、団結した行動を取りにくいネットワーク型組織なのである。したがってISISは、いったん敵との戦況が不利となれば、直ちに組織が分裂して崩壊する可能性もあるし、逆に世界中にその細胞が拡散する危険性もある。
いずれにしても、国際安全保障上、ISISがきわめて厄介な存在であることは間違いない。
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