2015年4月23日木曜日

イスラエル・ネタニヤフ政権の対イラン政策体系

 イスラエルは1990年代後半からイランの弾道ミサイル開発計画に注目して、イランが核兵器を開発していることを想定した政策を策定してきた[1]。しかし、そうした政策を明確に体系化したのは2009年に発足した現ネタニヤフ政権である。
 ネタニヤフ政権が体系化したイラン核開発に対する政策は、以下の3つの柱からなっている[2]。すなわち、第一に、エフード・オルメルト前政権から引き継いだ秘密工作活動(政策A)であり、それは核開発に携わっているイラン人科学者の暗殺やイラン核施設内のコンピューター・システムを破壊するスタックス・ネットなどのウイルスを使ったサイバー攻撃による破壊工作であった。だが、こうした秘密工作はイランの核開発を止める程十分な効果を挙げなかった。
 第二に、ネタニヤフ首相を中心に展開したイスラエル単独の外交努力(政策B)で、アメリカなど主要な交渉国にイスラエルの強硬姿勢を示して強い圧力をかけることである。しかし、こうした強硬な外交姿勢がイスラエルをかえって孤立させる結果を招いたとする批判もある。
 そして、第三に、具体的なイスラエル単独の軍事オプション(政策C)の策定である。これはイランの核施設に対する軍事攻撃を継続的に示唆することによって、アメリカなど交渉当事国に対する強硬外交(政策B)推進の梃子とするとともに、イランに直接脅威を与えることでその核計画推進を抑制する目的もある。
  ネタニヤフ政権発足当初の望ましいポリシー・ミックスは、言うまでもなく、上記のABC、つまり、秘密工作と外交努力と軍事オプションを適切に組み合わせて、イランの核開発計画そのものを破棄させることであった。しかし、政権発足当初実施された秘密工作でイランの核開発計画を止めることに失敗したうえ、今年6月末を期限とする最終合意に向けた枠組み合意が締結された結果、今後の交渉期間中のイランのウラン濃縮継続と制裁緩和の道筋がつけられてしまい、イスラエルの目指した制裁強化に向けた外交努力も功を奏さなかった。したがって、イスラエルに残された選択肢は、政策Cの軍事オプションだけである。
  しかし、イスラエル単独で軍事オプションを遂行することは、P5+1(国連安保理常任理事国プラスドイツ)とイランの最終的な包括合意に向けた交渉が行われている現状では極めて困難である[3]。少なくとも、アメリカの事前の同意を必ず取り付けておく必要がある。しかし、オバマ政権の現状ではそれは全く望めない。
  そこで、ネタニヤフ政権としては、政策Cの軍事オプションを実行する場合に自国に有利な国際環境を醸成するためにも、政策Bの外交努力の方針を再構築する必要があるだろう。
  そして、そうして再構築された外交努力にもかかわらず、P5+1をイランに対する制裁を強化する方向に回帰させることができない見通しになったとき、イスラエルは政策Cの軍事オプションをとるか、あるいは今のところ表面に現れてはいないが水面下ではすでに議論されている第の選択肢である核曖昧政策の変更(政策D)という政策オプションをとって、イランとの核抑止体制を構築する方針に転換するかもしれない。
  もしそうなれば、イスラエルは建国以来初の、安全保障上極めて深刻な政策転換の選択を迫られることになるだろう[4]


[1]浜中新吾「中東地域政治システムとイスラエル―国際システム理論によるイラン問題へのアプローチ―」『山形大学紀要(社会科学)』第42巻第1号(2011年)、14頁。
[2] Shmuel Even, "The Israeli Strategy against the Iranian Nuclear Project," p. 10.
[3] Yoel Guzansky and Ron Tira, "An Israeli Attack on Iran: The International Legitimacy Factor," Strategic Assessment (INSS), Vol. 16, No. 3, October 2013, p. 32.
[4] Adam Raz, “The Value of Nuclear Ambiguity in the Face of a Nuclear Iran,” Strategic Assessment (INSS), Vol. 14, No. 3, October 2011, pp. 21-28.

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