2015年4月24日金曜日

イスラーム過激派の「突然変異」ISIS生き残りの可能性

今日の産経新聞で、ISIS支配地域に潜入しようとした疑いのある日本人がまたもや出現し、2月にイラク北部クルド自治区の首都アルビル周辺で自治政府当局によって拘束され、日本に強制送還された後に旅券法違反の疑いで大阪府警の捜査を受けているというニュースが報じられた。

この人は20代の元自衛官で、迷彩服やヘルメット、GPS持参でトルコ経由でイラク入りしたという。詳細は不明だが、ISISに加入して戦闘に参加しようと試みた可能性も否定できない。
この元自衛官は交通事故を起こして禁固以上の刑が確定し、執行猶予中の身分であったにもかかわらず、その事実を申告せずに旅券を取得した容疑があるとのこと。ISISに拘束されれば殺害される恐れがあることは知っているだろうに、何とも理解不能な行動ではある。
この人も恐らく、日本国内で自分の置かれた現状に相当な不満を抱いていたため、こうした現実逃避的な行動を敢えて選択したのであろう。

昨日の記事でISISの強みと弱みを分析した。その結果、ISISがアルカーイダなど従来型のイスラーム過激派組織と比べて実に異質な組織である実態が浮かび上がってきた。
そこで、そうしたISISの異様な行動パターンを「突然変異」と見なすことによって、ISISが社会的に生き残ることが可能かどうか、進化ゲーム理論の枠組みを用いて検証したい。

「突然変異」とは、進化ゲーム理論における分析用語の1つで、近視眼的に目先の高い利得を得られる戦略に追従し、必ずしも長期的に合理的な行動を選択しない多数のプレイヤーが、専ら慣性に従ってゲームを繰り返しプレイする社会を想定した場合に、従来の慣性に逆らって突然行動を変える場合が出現することを意味する細江守紀、村田省三、西原宏『ゲームと情報の経済学』、勁草書房、2006年、273-5
ISISの戦略、行動の選択は、正に進化ゲームにおけるプレイヤーの「突然変異」に他ならない。その点にこそ、ISISが持つ従来のイスラーム過激主義組織にはない強みがあるとともに、また弱みがある。

さて、目下のところISISが支配地を拡大しようとしている地域は、先述したとおり侵略の適地がユーフラテス川やティグリス川の流域にパッチ状に点在しているような環境にある。したがって、ここでは分析のため、ゲームのプレイヤー間の相互作用がパッチ内部に基本的に限定される非ランダムマッチングのゲーム環境を想定する[1]
今、ISIS侵攻以前のそれぞれのパッチには、アラブ人とクルド人が生産従事者として居住していると考える。そして、アラブ人は生産・自立・非武装(すなわち無抵抗)の戦略(行動選択パターン)を取り、クルド人は生産・自立・軽武装(すなわち最低限の自衛)戦略を取るものとする。
そうした平穏なパッチに非生産・依存・重武装の「突然変異」戦略を取るISIS武装勢力が侵入してきた場合、パッチ内の相互作用ゲームの帰結は一体どうなるか。

この場合、アラブ人とクルド人は共に自立戦略を取っているため、一定期間内に生産された総資源からそれぞれ自立のためのコスト、換言すれば統治に必要な行政サービス・コストを分担していると考えることができる。
他方、パッチに侵入してきたISIS武装勢力は全く生産に従事せず、また環境に依存して恐怖によって資源を収奪するだけの存在なので、統治に必要なコストをほとんど負担しないと考える。ISISが負担するのは重武装と戦闘のコストだけである。 
パッチの先住民であるアラブ人は基本的に非武装なのでISISに抵抗できないし、クルド人は軽武装でISISの支配に抵抗するが、簡単にそれを駆逐することはできない。

こうした状況をモデル化すると以下のようになる。まず、あるパッチにおけるアラブ人の戦略の人数をNa、クルド人の戦略の人数をNk、そしてISISの戦略の人数をNiとし、生産従事者がx人いるときのパッチの総資源生産量を示す関数をRx)、自立のための統治コストをc、自衛のための軽武装のコストをd、そして侵略のための重武装と戦闘のコストをhとすると、当該パッチにおける各戦略の利得は以下の式で表すことができる[2]

アラブ人の利得 UaR(NaNk)/Na+Nk+Ni)-c
クルド人の利得 UkR(NaNk)/Na+Nk+Ni)-cd
ISISの利得     Ui R(NaNk)/Na+Nk+Ni)-h

上式における各利得の第1項は、各プレイヤーが資源の分割によって得られる利得の期待値である。現実には、プレイヤーの強さに依存して資源が分割されるはずであるが、ここではプレイヤーの強さは戦略と独立であると仮定して各プレイヤーの資源獲得量の期待値が等しいものと考える[3]

さて、ISISが侵入に成功したパッチ内で生き残るためには、R(NaNk)/Na+Nk+Ni)>hと、2c+dhという2つの条件が満たされなければならないことは明白である。
前者はパッチ内でISISが獲得する資源に余剰があることを示す条件であり、また後者は先住民の抵抗を抑圧できるための必要条件である。

すなわち、前者の条件が満たされなくなればISISはパッチに居座る利益がなくなるために撤退を選択するだろうし、後者の条件が満たされればアラブ人はもとより、クルド人も自分達の負担するコストが高すぎるため、長期的にISISに抵抗することを止めた方が得策となる。
  その結果、ISISのパッチ支配が継続することになるだろう。

以上の考察から、ISISをその支配領域から駆逐するためには、国際社会が次のような環境を醸成する必要があるだろう。

まず前提条件として、ISIS支配地を相互作用が困難な多数のパッチに分断して、ISISがパッチ内の先住民との間での非ランダムマッチング相互作用だけしかできない状況を作り出すことである。
そのためには、ISIS支配地内の交通を遮断して相互の往来を不可能にさせる作戦をとることが重要である。その意味で有志連合軍の空爆は、ISIS武装勢力自体を直接攻撃するよりも、重要な橋梁や道路を破壊することにむしろ重点を置くべきだろう。

次にR(NaNk)/Na+Nk+Ni)<hの条件を実現して、ISISのパッチ内からの獲得資源に余剰を生じさせないことが重要である。そのためには、特にISISの獲得資金源の重要部分となっているシリア、イラク両国の彼らが支配する油田地帯の石油関連施設をISISから奪還することが必要である。
また、サウジアラビアなどが中心となって現在行っている原油価格を低水準に誘導する政策を持続することは、ISISの収入に大打撃を与える上で極めて有効な措置であろう。

 最後に2c+dhの条件を実現してアラブ人とクルド人のパッチ内でのISISに対する抵抗力を強化することである。そのためには、アラブ人とクルド人の武装勢力の訓練を強化することが必要である。この点については、すでに有志連合の取り組みが強化されつつある。


[1] 本投稿における非ランダムマッチング型の進化ゲーム理論モデルについては、大浦宏邦「農耕戦略の進化モデル-非ランダムモデルによるジレンマの回避-」『帝京社会学』第16 号(2002年)、97-120頁の枠組みを参考にした。
[2] 同上、108頁参照。
[3] 同上、108-9頁。

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